心の障害のこと(1) 神経症について

第三部、そして、無意識を知ろう♪の最後は、
神経症と、精神疾患の話です。

心の病(障害)には大きく分けて
心因性(心の在り方に障害が生じている)
機能性(心の装置がうまく機能していない)
器質性(心の装置に欠損が生じている)
この3つのタイプがあり、

心因性のものは『非精神病(疾患)』
機能・気質性のものを『精神疾患』
と呼ばれています。

そして、
すべての障害に共通しているのは、
固着と退行が関わっていて、
似たようなメカニズムで発症することです。


それでは、この章では、
神経症について話させて頂きます。

フロイドの時代、西洋では神経症のことを
ヒステリー(ギリシャ語で子宮のこと)と云い、
女性特有の心の病と考えられていました。

また日本では、
ノイローセ、あるいは神経衰弱と呼ばれて
いましたが、

西洋でも日本でも、神経症は心因性であり、
いわゆる(機能・器質性の)精神病とは異なる
『非精神病』(精神疾患ではない心の病)
として扱われ、現代でもその分類(考え方)
は引き継がれています。

つまり、神経症は
「病気ではない心の病」というわけです。

しかし、現実にはつらい症状があるのに、
「病気ではない」と云われ、症者はとても
症状とその分類への困惑というダブルパンチに
苦しめられてしまうのです。(^^:←経験者


さて、前置きがながくなりましたが(^^:、
まず、神経症のメカニズムを見てみましょう。

尚、ここで云う神経症には、パニック障害、摂食障害、
心気症、などの心因性障害すべてを含みます。

★まず、辛い現実などにぶつかります。

★そして、その現実に耐え切れず、
 自我は精神の発達段階である
 4歳前後の男根期あたりの固着へと退行します。

★退行した自我は、症状を身にまとった自分
 へと変化し姿を現します。


つまり、神経症は、
病気ではないが、病気と同じような状態に
なることで、現実から逃避をし、そのピンチを
乗り切ろうとする、自我にとっては苦肉の策
というわけです。

もちろん、神経症自体は、
無意識の中で処理され発症することなので、
症者本人は「逃げている」「仮病をしている」
とは当然、考えてもいませんし、事実実際に、
とてもつらい症状に悩まされることになります。

しかし発症は無自覚でも、
自我は発症することを知っています。

と云うより、
つらい現実から逃れる引き換え(代償)として
自我自身が発症を選んだ
と云って良いかもしれません。


もっとも自我は「覚悟のうえ」とは云っても、
ふつうの防衛機制と同じように、
ほとぼりがさめるまで、
「とりあえず、いまだけね」
という安易な考えもあったのではないか・・・
とも考えられます。(^^:

ともあれ神経症は、
自我が過去の固着へ退行し、
自我自身が変化した状態である。
と云うことを、ここでは覚えておいてください。


しかし、
神経症を経験した方なら分かると思いますが、
症状のつらさに身動きがとれないことに、
「こんな自分は嘘だし、認めたくない」
「こんな状態から、さっさと脱したい」
と思う自分と同時に、
症状によって現実の責任が免除されたことに
ホッとしている自分(疾病利得)という、
正反対な(2つの)気持ちを体験したはずです。

これは、
「これはマズイ、なんとかせにゃならん(ーー;)」
という自我と、
症状に甘んじて「楽しちゃおうぜ♪(^m^)」
という、もうひとつ自我が、心の中に
存在していることを意味します。

つまり、自我が
2つに分裂してしまっているわけですね。

そしてそうなると、当然、
自我同士の対立が起こるのですが、
『楽しちゃえ自我』は無意識の固着にあるので、
当然意識されることはありません。

なので、症者自身が認識できるのは、
『頑張ろう自我』が感じる神経症の症状と、
「こんなのおかしい!」という違和感で、
これを自我疎外性(じがそがいせい)
の神経症と云います。


つまり、
正反対な2つの自我が存在するものの、
自分の症状や辛さなどが強く認識(意識)され、
「こんなの本当の自分じゃない」と、
症状を疎外(敵対視)することができる
ことから、そう呼ばれるわけです。

神経症の(日常での)疲労感が半端ではなく
グッタリしてしまうのは、症状のつらさや
神経過敏のせいばかりではなく、そうした
自我同士の争い(葛藤)があるから・・・
とも云えそうですね。(^^:


そして、多くの神経症は、
この違和感を感じる自我疎外性ですが、
一部には反対の自我親和性の神経症となって
現われることがあります。    

自我親和性(じがしんわせい)とは、
文字通り、自我が症状と親和してしまう
(和やかに親しんでしまう)
ことを云います。

それはどのような状態か、と云いますと、
通常の神経症は自我が意識に留まるのですが
この親和性は、自我のすべてが無意識に
引きこもってしまい
症状と仲良くなってしまうことです。 

※自我疎外性と自我親和性の違い詳しく。
 

それではいったい、
それは、どんな症状の神経症なのか? 
と云いますと、

自我すべてが無意識の中ですから、
苦しみや違和感は、皆無とは云わないまでも、
あまり感じられない、のではないか
と思います。

え?ぢゃあ、なに? 問題ないってこと?
って、思っちゃいますよね。(^^:

ただし、たしかに自我は無意識の固着に
退行しちゃってますから、たとえば、
幼児性だけが際立ってしまう・・のが
この自我親和性の神経症の特徴です。

つまり、この場合、
幼児性だけが際立ってしまう
こと自体が症状と云えるわけです。

え? なにそれ?
って、まだ思っちゃいますよね。(^^:

その代表的なものに
性格神経症があるのですが、
精神が幼児期に退行している為に
マナーやモラルの無い子どもじみた
行動で周囲(家族や社会)を苦しめて
しまいます。

つまり、一般的な神経症は自分自身を
苦しめますが、この性格神経症は、
わがままや、自分勝手な行動で、
家族や周囲を苦しめてしまうわけです。


※性格神経症について詳しく 補足


尚、自我親和性のもっとも大きな特徴は、
症状に対する自覚が無いと云うこと。

つまり
この症者には「自分が神経症である」
という自覚(病識)がありませんから
当然、自分から進んで改善しようという
気持ちにもならず、
よほどの何か(環境や自分自身の変化)が
無い限り、改善も難しいと云われています。

※医師の診断を受ける人も少ないので、
あまり社会的に表面化することもなく、
きわめて特殊なタイプと思われがちですが、
潜在的な症者を含めると、世の中でもっとも
多い神経症タイプと云えるような気がします。


そして、オマケです。
※神経症を物語にしてみました。^^ゞ

尚、神経症については、
姉妹版 『神経症と精神分析学』の第三部
で詳しく取り上げておりますので、
よろしければご参照くださいませ。


心が子どもに戻る? 退行
心の障害のこと(2) 精神疾患について

このコンテンツは2008年に作成され2015年に再編集
したものです。

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