人間、みんな病気です 第四部 中休みコラム

「人間、みんな病気です」

これは日本の精神分析の草分けでもある
古沢平作(こざわ へいさく)博士が
口癖のように云っていた言葉だそうです。

ありていに云ってしまえば、
人間の心なんて、みんなイビツで、デキソコナイ
なんだし、みんな変なところを持っているんだ。
と云うような意味と思ってください。

私は、この言葉を聞いたとき、
「ああ、なるほど。そうだそうだ」
と、博士の人間に対する深い愛情じ、
すっかり気に入ってしまいました。

人間の心は、みんなイビツで病気です

博士のこの言葉に、
人間の理想形が『正円』の真ん丸だとしても、
そんな人は世界中どこを探してもいないです。
もし、あなたが病気だとしたら、私も、
そして、誰もみんな病気ですよ。
という意味合いを感じたのです。

それは、
不安そうな患者さんを安心させる響きのある、
精神分析という治療を通して、人の心を診続け
てきた博士ならではの、人間に対する愛情の
言葉、なのかもしれません。

しかし、たしかに、
病気とまでは云えないけれど、人間には、
何かに憑り(とり)つかれたように動かされる時
があるような気がします。

たとえば、
パチンコでも、勉強でも、
あるいはバーゲンセールでも、
ひとつのことに夢中になることを「病みつき」
なんて云いますし、
「あいつは病気だよ」なんて云いますよね。

本人もそれがわかっていて、
「おまえ、ほとんど病気だな」と云われて
「あはは。はい、すっかり病みつきです(^o^;」
なんて笑っていたりしますが、心の中では
「どうしてやめられないのだろう・・・(++;)」
と、結構ツライ思いをしている場合があります。


では、どうして
「病みつき」になってしまうのでしょう?

それはやっぱりイビツな心の穴埋めなのかな
・・・と思います。

つまり人間って、どんなに良く育てられても、
古沢博士が云うように、どこか心に歪み(ゆがみ)
を持っているんですよね。

お金に恵まれていても愛に飢えていたり、
逆に家族に恵まれていても
「もう貧乏はコリゴリだ」
と云うほどお金に飢えてしまったり・・・

そして、そうして出来た心の空白(空虚な部分)
を埋めるために、何かにハマってしまう。

これを精神分析学的に云うなら、第三部に書いた
固着(こだわり)が、これに該当します。

「貧乏はイヤだ」
と云うこだわり(固着)が強ければ強いほど、
お金に執着して金儲けに気持ちが走ってしまう。

あるいは「愛が欲しい」と云って、
次々と交際相手をかえてしまう。

固着=こだわり=病みつき

もちろん、
そうやってピッタリと心の穴を埋められるもの
に出会えれば、それはそれで良いのですが、
ますます空虚な気持ちが広がって、どうにも
ならない感じになってしまうことも・・・

 いくらこだわっても虚しいのは、求めるものが違うから・・・

それはなぜでしょう?
本当に求めているものが、違う場所にあるから
です。

固着は過去にできた心の傷のようなものであり、
私たちはその心の傷を癒す(満足させる)ために
それに類似、関連したものに強いこだわりを
持とうとするわけです。

しかし、固着は過去の出来事ですし、
いくら似たもの、関連しているものとは云っても、
まったく同じものではありませんから、
なかなかピッタリくるものに出合うことは難しい・・・

つまり過去の落し物を、現在で探そうとしている
のですから、探し当てるのは不可能に近いわけで、

悲しい云い方をすれば、
「それでも出会えるはずだ」
と、こだわりという幻想な中をさまよっている
と云えるのです。

こだわりは、過去の落し物を現在で探しているようなもの・・・

たとえば、お金にこだわってお金持ちになっても
少しも満たされない。

もしかしたらそれは、
貧困に苦しみながらも自分を愛してくれた親に
不自由をさせたくない、親孝行がしたいと思った
過去の自分を忘れてしまっているから・・・
なのかも知れません。

お金にこだわりが求めているのは過去の自分の欲求

つまり
本当はお金持ちになりたかったわけではなく、
貧しくても自分をいっぱい愛してくれた親に、
「いつか不自由のない生活をさせてあげたい」 
という、そんな願いだけだったのかもしれない
ですよね。

そうなると、いくらお金持ちになっても、その
願いとは違ってますから、虚しい気持ちが
膨らんでしまうのも当然の話と云えますよね。


たとえば、
「愛が欲しい」と、いろいろな人と付き合って
みたけれど、少しも満たされない。

もしかしたら本当に求めているのは、
お金やモノは与えてくれるけど、自分との時間を
持ってくれなかった両親に対して
「本当はどうだったの?」
と、自分への愛を確かめたい気持ちだけ・・・
なのかも知れません。

そうなると、いくら現在で、いろいろな人と交際
し、仮に深く愛してくれる相手と巡り合えたとし
ても、本当に愛を確かめたい相手と違うわけです
から、
「やっぱりこの人じゃない」
と、ますます虚しい気持ちに襲われてしまうのも
無理はありませんよね。


この2つの例えは、少し極端な話ですが、
しかし、私たち人間には、必ずと云ってよいほど
固着というこだわりの病気を、ひとつやふたつは
持っているわけです。

もちろん、それは、
病気とはいっても、治す必要のない病気であり、
むしろそれを個性や、生きるエネルギーに転換
することが出来れば、これほど大きな力は、
他では得られないくらい、あなたの強い味方に
なってくれるはずです。

なぜって、固着というこだわりは、あなたを
衝き動かすほどのパワーがあるのですから、
それはとても大きなエネルギーなのです。(^.^)


しかし、あまりにも違和感が強かったり、
どうしてもつらくなるときには、
「きっと何か深い理由があるのかも知れない」
と、固着のある無意識に気持ちを向けてあげて
みてください。何かヒントが見えてくるかも
しれません。^^ゞ


と、こんな話にするつもりはなかったのですが、
すっかり重たい休憩コラムになってしまいまし
たね。(^^:

尚、次章でも『過去の固着』を題材にしていま
すので、参考にして頂ければ幸いです。



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このコンテンツは2008年に作成され2015年に再編集
したものです。

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