この性器期は
性器自体に興味を持った男根期とは違い、
生殖そのものに強い関心と欲求を持ちます。
画像の説明にもありますように、
エスが生涯でもっとも活発になる時期で、
おそらく葛藤も最大級、
人生の中で一番 心が波立つ時期、
と云い切って良いと思います。
しかし、
そんな最大級につらい時期ではありますが、
逆にその後の人生の明暗を分ける、
最大級のチャンスでもある、と云えます。
なんだか、
最大級とか、人生の明暗とか、
とても恐ろし気ですが(^^:
章の終わりには、その理由もご理解頂ける
と思います。
と、、前置きが大変長くなりました。(^^:
さて、
この性器期は、久しぶりにエスが主役です。
もう、それだけで嫌な予感がしますよね。(苦笑)
エスもその期待(?)を裏切ることはありません。
生殖に結び付いたこの性器期は、
エスの専門分野である性の欲動がもっとも
活発になる時期ですし、しかも、
エスにとってはホームグランドでの試合。
みたいなものですから、
張り切らない理由がないのです。(汗笑)
もちろん自我も、
それなりに力を持ちはじめていますが、
この時期のエスの力はそれ以上にパワフルで、
とても自我だけでは抑えきれません。
なぜなら、
この時期のエスには本能的な性衝動に、
幼少期から今日までに蓄えられた他の欲求
エネルギーが、プラスされているからです。
つまり、
熟されてきた性本能に、幼少期から抑圧されて
きた満たされない感情などが加わって、
心の中で暴れまわるわけです。(^^;)
そして、心の中でも、
ピンチヒッター・・いや、自我を助ける
助っ人が登場します。
云わずもがなの、超自我です。
「イケイケ」のエスに対して
「ダメ!」の権化のような超自我ですから、
「エスの暴走を止められるのは彼しかいない」
と、心細かった自我にとって、超自我は
とても心強い味方・・だったはず・・
そう、、
だったはず・・なのですが、
ここで自我は見事に裏切られ(?)、
さらなる苦悩を抱えることになるわけです。(^^;
自我のさらなる苦悩
それは、エスと超自我との板ばさみです。
エスはエスで、
性の欲動や、抑圧された気持ちを満たしたい。
一方の超自我も、
「こうあるべき」という道徳的な生き方を
貫いて(つらぬいて)、いい社会人になりたい。
自我にとっては、正直、
どちらの言い分も「ごもっとも」なのです。
自我だって許されるなら
エスの云うように欲求を満たしたい。
でも、
それをしてしまったら、超自我の云うように
「社会的にダメな人間になってしまわないか」
と云う選択しきれない板ばさみ(葛藤)で
強い不安に襲われます。
そして、
選択しきれぬまま、
その不安から逃れる為に、やむをえず、
再び抑圧という処理を選ぶわけですが、
問題が解決されたわけではないので、
イライラ、モンモン(悶々)とした
思春期特有の状態が始まるわけです。
親に対するイライラも、
勉強に対するイライラなども、
その根っこにあるのは、
すべてが性欲動や抑圧から発している
フラストレーション(欲求不満)。
加えて、
そうした解決されない欲求が、
さらに自我によって次々と抑圧され、
ふくれあがったストレスのオバケとなって、
慢性的なイライラになるわけで、
そうしたイライラや、モンモンとした状態が
最大級に表れるのが思春期(性器期)の特徴と云えるわけです。
もちろん、
性の欲動も、抑圧も、無意識に隠されているので、
本人にも
「どうしてイライラするのか分からない」
と思います。
しかし、
思春期を経験された方なら、この一行・・・
「どうしてイライラするのか分からない」
の部分で、
「あっ」と思われるのではないでしょうか。
そう・・・あの頃って、
いつも、理由も分からず、
ただイライラ、モンモン(悶々)
してましたよね。
つまり、
そういうこと(が原因)だったわけです。(^^;)
そういうこと=性の欲動、抑圧などの欲求不満
ですが、
このイライラ、モンモンが、彼らを大人に
近づける大切な原動力(エネルギー)でも
あるわけです。
彼らは、
そのエネルギーを使い、社会に反発したり、
自問自答を繰り返しながら、自分なりの
人間像に近づこうとしているのです。
※ですから逆に、イライラ、モンモンの
エネルギーが「表面に出ず無気力」のほうが、
むしろ心配。その理由を見つけ出してあげる
必要があると思います。
まあ、
ときにはエネルギーが強すぎて、暴走したり、
挫折して悩んでしまうこともありますが、
それもなが~い目でみれば、彼らには
必要なこと、大切なこと、なのです。(*^-^)
【極楽とんぼのつぶや記】
~さまざまな問題や、心の障害の発生~
ゴジラVSガメラ、(まだ云ってる・・苦笑)
実際には配給会社の関係で、実現していない
みたいですね。でも、闘ったら、
どっちが強いのでしょうね。(^m^)
さて、
そんなゴジラやガメラが引き合いに
出されるほど(引き合いに出したのは私ですが(笑))、
心の中は荒れ放題なわけですが、
しかし、
むしろ問題や障害が「起こらないのが不思議」
なのが思春期なのかも・・・と、
問題提起のために、あえて云わせて頂きます。
つまり、起こるのが必然である・・・と。
もちろん、
思春期に何事もなく、そしてその後も何事もなく
過ごしている人のほうが多いのかもしれませんが
では、問題や障害が発生する人と、何事もない人
とでは、どのうよな違いがあるのでしょう?
おそらくそれは、心全体のバランスと、環境
(の違い)ではないかと思います。
そして、ここで云う心全体のバランスには、
幼少時代の心が「どうであったか」を含みます。
たとえば、
子ども時代に抑圧されたものが多かったり、
重大な問題(心の傷)があれば、当然、
抑圧の袋が巨大化(肥大化)しています。
あるいは、
厳しいだけのしつけを受けていれば、当然
「いけない」と禁止する超自我が活発である
ことが予測できますし、そこにも当然、
大きな抑圧が存在すると予想できます。
そうなると、
そうした肥大化した抑圧や超自我があると
自我の活動できる場所が、ますます狭められ
自我が充分に成長できずにいることも
容易に想像できてしまうわけです。
そんな状態で思春期に突入したら、
どうなってしまうでしょう?
自我が未成熟(幼いまま)と云うことは、
葛藤を起こしやすく、
しかも葛藤に弱いですから、
すぐに(さらに)抑圧してしまい、
ますます抑圧の袋を肥大化させる
という悪循環を招くことになります。
そして、
抑圧は心の『膿(うみ)』であり、
心の障害の『地雷(スイッチ)』
のようなものですから、肥大化すれば、
それだけ発症のリスクも増してしまうわけです。
そして環境とは、文字通り、
幼少期からどんな生活をしてきたのか
と、その生活してきた環境です。
幼少期に心のバランスが悪かった人は、
やはり思春期も良くない環境で過ごして
しまうケースがほとんどです。
よっぽど周囲が「失敗した。申し訳ない」
と気づいて、環境を改善しようとしない限り、
残念ながら悪循環が続いてしまう・・・
つまり、
バランスの悪い心をつくってしまった環境が、
そのまま継続して彼らの環境になるので、
ますます悪循環を強めてしまうのです。
そして、
そこで生じる問題や、障害というのが、
神経症、非行、ひきこもり、摂食障害、
その他の精神障害などです。
これらはすべて、同じ要因、同じメカニズム
と云って良いと思います。
つまり、
「神経症になるか、非行に走るか、どちらか」
と云った感じで、どのような問題や障害に発展
するかは、その人が持っている要素と
そのときの環境などが分かれ道になります。
ただ、これは私自身の経験からの持論ですが、
問題や障害が起こるなら、この性器期(思春期)
に、出来るだけ出し切ってしまうべき
だと思います。
なぜなら、この時期は
問題や障害が「起こらないのが不思議」なくらい
心が揺さぶられている・・・
つまり、心の膿(抑圧)の立場からすれば、
「出してくれよ」と暴れているわけですから、
膿の摘出に最も適した時期(適齢期)とも
云えるのです。
なぜなら、
その頃までに、幼い自我が抑圧してきた多くの
ものが、心の歪みとして存在しているのが
思春期です。
そして、ある意味、
子どもから大人になる過渡期として・・・
大人になるための準備として、
その心の歪みを矯正しよう(矯正したい)から
心が疼く(うずく)のではないでしょうか。
身体の膿や傷だって、一生懸命に修復しよう
とするから疼く・・・それと同じです。
つまり、人間にとっての自然現象なわけです。
ですから逆に、もしこの時期に
たとえば神経症や問題の兆候が表れていても、
(我慢して)何とか持ちこたえてしまった場合、
当然出るべき(抑圧などの)膿も処理されず、
「つらいまま」になってしまうことは当然
ですが、それ以上に、
年齢を重ねるほど改善が大変になる
という事実があります。
※思春期での解決がいい理由・・補足
もちろん、性器期(思春期)に
問題行動があったほうが良い
神経症が発症したほうが良い、
と云っているわけではありません。(^^;)
そりゃ、問題も最小限、発症もせずに
『思春期を楽しめる』に越したことは
ありませんからね。
そのためにも大事なのは、やはり環境です。
神経症の発症や、大きな問題が幸いなくても、
どの道、出さねばならない心の膿ならば、
彼らを温かく包んであげる環境さえあれば、
彼らも自然と膿を出し、社会へ巣立って
行けるはずです。(*^-^)
とても、
小難しい話になってしまいました。。。(^^;)
しかし、
「人生50年」と云われた一世紀ぐらい前の
思春期は、もう当たり前に、
子どもを産み育てる立派な大人
だったのですよね。
しかし寿命がのび、環境も変わった現代では
思春期は、まだまだ子どもの扱い・・・
まだ大人になる為の準備期間という理由で
生殖行為すら許されなくなってしまいました。
つまり、動物としては生殖がしたい、
しかし環境がそれを許されないわけですから、
それだけでもストレスや悩みになることは
明々白々なわけです。
でも、それを云っても仕方がない。
「みんな悩んで大きくなった」
と野坂昭如さんも歌ってましたね。
(とても古いですが(汗笑))
悩むべきときに悩んで、
素敵な人になって欲しいと思います。
若者よ、負けるな。o(^-^)o
神分析学入門』をスマートフォン対応に再編集し
たものです。※文章はスマートフォン向けに編集
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