もうひとつの精神活動(3)無意識の言葉

さて、もうひとつの精神活動の最後は、
象徴(しょうちょう)と表象(ひょうしょう)です。    

辞書で引きますと、象徴とは
『抽象的な思想・観念・事物などを、
具体的な事物によって理解しやすい
形で表すこと。また、その表現に
用いられたもの。シンボル。』
(Yahoo!検索辞書 大辞泉より)
と、あります。なにやら小難しいですね。(^^;)

まあ、ひらたく云えば、
気持ちや物事などを、分かりやすい形で
表したものが象徴で、
「何々と云えば、何々」の連想ゲームの
ように頭に浮かんだもの(イメージ像)
考えたら良いと思います。

Atnet Japan!様みんな連想するものは、それほど違わない?(^^;)ああ、コイツもやっぱり。(笑) それにしても、その衣装は違うだろ(^o^;(自爆)

たとえば、
平和の象徴(シンボル)がハトで、
日本と云えば、富士山、そして桜のような、
それに関連する(と思われる)モノのこと、
が象徴と云うわけですね。

もちろん、頭に浮かぶものですから、
平和の象徴が目覚まし時計や、金魚でも
構わないし、
日本と云えば、寿司でも天ぷらでも良いのです。

※ただし、「理解しやすい」=「多くの人が納得できる
云う条件付きなので「何でも良い」とは云えません
けどね。(^_^;)


しかし、なんでそんな象徴の話なの?
と思われるかもしれませんね。

実は無意識の中にも、
そうした象徴があるのです

そしてその無意識にある象徴が、
言葉をもたない無意識の中の言葉(言語)
になると云うのが今回の話です。   

さてそれは、いったいどう云うことなのでしょうか。


前の章でも書きましたが、
無意識には言葉がありません。

しかし精神活動は行われている・・・

じゃあ、いったい無意識は、
どんな方法で出来事や感情を記憶したり
表現したりしているのでしょう?
不思議ですよね。(^^;)

無意識は言葉の代わりにイメージ画像を使いますが、ときにはこんな食い違いも。(汗笑)

そのヒントは、
前々章『夢は無意識の王道』に出てきた、
たくさんの画像です。

私たちはイメージ画像を無意識にたくさん貯めており、その一枚一枚が繋がって一本のフィルムのように夢をみています。だから「とてもありえない」ような組み合わせの夢もみます。(汗笑)

私たちは夢を連続したフィルムで見るのでは
なく(無意識に保存された)無数の画像を
スライド化したものを、一本のフィルム映像
のように夢で見ています。※だからいろいろな
場面がゴチャ混ぜになっているのです。(^^:

※以下、(これから先)
そうした画像のことをイメージと書き換えます。
つまり、イメージと書いてあったら画像のこと
だと思ってください。あ、これは象徴の連想では
ありません。(謎?笑)

さて、そうなると、

どうやらそうしたのイメージ(画像)の中に、
言葉と同じメッセージが隠されていそう・・

と、フロイド先生は考えたのでしょう。
そして必然的に行き着いたものが、象徴・・・


つまり、
気持ちや出来事を象徴的な姿で表すことで、
無意識の精神活動は行われている。

夢にそのイメージを映し、無意識にある思いを、
私たちに伝えてくる・・・と云うわけです。
       
そして
そうした出来事や感情を
イメージで表わすことを『象徴化』

映し出されるイメージを
表象(ひょうしょう)』と云います。

※覚醒時にふと心に浮かぶものも『表象』
と云いますが、理屈は同じです。

夢は、無意識にある象徴化された画像の集まりで、私たちが夢で見ているものを『表象』と云います

ひとつのイメージで、言葉のようにその意味を
分からせよう(理解させよう)と云うのですから、
まあ、考えてみると大変なことですが(^^;)、

例えて云うなら、
花言葉みたいなものでしょうか。

花言葉なら、その花によって贈る人の気持ちが
「ああ、そういうことか(*^^*)」
と伝わりますからね。

表象は花言葉みたいなものです

では、
無意識の精神活動の中心になる象徴、
(花言葉的)言語となる象徴とは、
いったいどんなものなのでしょうか。

一般的な象徴と比べながら、もう少し詳しく
みて行きましょう。


頭にも書きましたが、一般的に考える象徴は、
「日本と云えば富士山」と云うように、

とりあえず関連している事柄であれば良い
わけで、そこにはそれぞれ個人的な
「これは、こうだからこう」
と云う(好みや考えなどの)思考が入り
込んでいます。

ですから、
「それは桜だ」と云う人もいれば「いや寿司だ」
と云い張る人もいて、千差万別になります。(笑)

私たちの一般的に考える象徴は「思考の入ったイメージ」です

それに対して
無意識の象徴には思考が入らず
「寿司」と云ったら「江戸前」と云うように、
ある程度、固定されたものが使われます。

つまり、
万人共通のイメージ(表像)が、
無意識の象徴と云われるものです。

万人共通のイメージ(表像)が、無意識の象徴

しかしそうなると、
「そりゃ、変だろう・・・」

象徴なんて、
何が連想されても自由なはずなのに、
どうして固定(限定)されなきゃ
いけないんだ!(-_-#)
責任者、出て来い!(`ヘ´)
という反論も出てくると思います。
それも当然だと思います。(^^;)

ただ精神分析学も、デタラメや出まかせで、
「これは、これ」と云っているわけではなく、
多くの臨床(自由連想法などの治療)データから、

「ああ、この患者さんの云っていることは
 ○○なんだな」

と読み取ることができるようになったわけです。

精神分析学の研究

たとえば、私たち日本人は、
精神分析学を知らない時代から、
母親のことを『おふくろ(お袋)』、
奥さんのことを『女房』
と呼んだりしていました。

これは、
袋や房という袋物(容器)をイメージしている
と考えられています。

そして
精神分析学では、女性や女性器の象徴として、
船、家、タンス、箱、水さし
などをあげています。

つまりそれらも
何かを入れる容器や構造物で
女性の『子宮』を意味するのですが、
これは単なる偶然でしょうか。※←補足です

『袋』、『容器』は女性を象徴します。『子宮』も袋、容器を意味します

また、
男性や男性器を象徴するものとして、拳銃、
竿(さお)、柱、ナイフ、刀(かたな)、
飛行機などがあります。

竿や柱などの棒状は男性器のイメージですね。

そして、    
昨今(の男性像)はどうかは分かりませんが、
刃物や武器など鋭い(するどい)ものは、
ガッチリと頼もしいもの、
という男性像にマッチしていますよね。

男性を表す象徴

つまり、
話す言語(言葉)や文化は違っていても、
人間の無意識にある象徴には、
ある程度の共通性がある、と云うわけです。

無意識には万国共通の言葉がある

もちろん
無意識は私たちには分からない部分であり、
それが間違いないことなのか、確かめること
もできませんし、

それを発見したフロイド自身も
その象徴を心に抱いた本人すらも、    
「どうして、そうなるのか分からない・・・」
と云うぐらい、謎が多いことも事実なんですけどね。(^^;)  

無意識の象徴と自由連想法

そして、
ふつう連想と云えば、
「日本と云えば富士」「富士と云えば日本」
というように、
『日本』と『富士』の主語が逆転しても
意味が通じるのが一般的ですよね。

しかし
無意識(の象徴)の連想の場合、
主語が逆転すると、意味がまったく違って
しまったり、場合によっては、逆転以前に
意味が分からないような、

とにかく、とても(私たちが一般に考える)
連想とは云えないような発想が象徴になる
という特徴があります。

「男と云えば拳銃」とか、「船は女だ」とか、
どうすれば、そんな発想になるの?
って感じですものね。(^_^;)

まあ、それも無意識らしい・・・と云えば
そうなのかも知れませんが・・・(笑)

無意識の象徴は規則性がなく、とにかく自由?で難解・・・?

もっとも
フロイドたち治療者も、
何が飛び出すか分からない無意識から
まともな連想が出てくるなんて
期待していなかった、に違いありません。
いやむしろ、そうした自由な連想が望ましい、
と思っていたはずです。

自由連想法の「連想」は、私たちが考える連想とは少し違うみたいです(^^:

それに治療者は、
無意識の象徴は患者さんに、
「拳銃の夢は、男性を意味するのですよ」
と、その夢が何を意味するかを
説明する為だけのものであって

別に「男性の夢は、拳銃なんですよ」と
云いたいわけではないのですから、
(連想が)意味不明でも構わないのです。

象徴や連想が一般的なものと違うのは、どうやら観念で縛られない無意識の世界だから・・・みたいですね

つまり、無意識の象徴は、
自由連想法という連想から生まれましたが、
ふつうの連想から生まれた一般的な象徴とは
意味合いが少し違う、というわけです。

象徴や連想が一般的なものと違うのは、どうやら観念で縛られない無意識の世界だから・・・みたいですね

さて、無意識の象徴、
何となくでも理解して頂けましたでしょうか。

要するに、私たちの無意識は、出来事や感情を、
独自のイメージ画像(象徴など)にして保存している。

そしてそれを夢などに表して、私たちに
メッセージを送ってくる・・・と云うわけで、
そんな理由から、夢を調べれば心(無意識)
の状態も分かるんですよ、と云う考え方が
精神分析学です。

ですが現実的には、抑圧されたものなどの 
いろいろなものがゴチャマゼになった無意識
ですから、そのメッセージが、すんなり素直
に出てくることは、まずありません。(^^;)
※ただし例外的に・・・つづきを読む


それはある意味、
無意識が私たちを試す挑戦状・・・
とも云えるかも知れませんが、

でも、
意外と無意識のほうが純粋で、私たちのほうが、
ややこしく考え過ぎているのかな・・・とも。(^^;)

実際のところ、どうなのかは分かりませぬが。(笑)



以上で、
夢を中心にした、もうひとつの精神活動の話をおわります。
    
夢は、無意識にある
ホンネの発表会場と云うわけですね。

みなさんも目が覚めたとき、夢のシッポを
掴んで、内容をメモされてみては如何で
しょう。
意外なホンネに出逢えるかも、です。(*^^*)


【極楽とんぼのつぶや記】
 ~素晴らしきかな無意識~

もうひとつの精神活動、夢と無意識。
いかがでしたでしょうか。

もっと簡単に説明ができれば良いのですが、
無意識を意識的に話そうとすると、
つい、ややこしくなってしまい 
大変ご迷惑をお掛け致します。(^^;)(汗謝)
勝手にややこしくしているという説もありますが (滝汗)

まあ、見苦しい云い訳をさせて頂くならば、
それだけ無意識は、私たちの「ああだ、こうだ」
という思考を飛び越えた、もっと自由な場所に
あるわけです。
だから、考えれば考えるほど、とっても難しい
のであります。(^^:

たとえば今回の連想にしても・・つづきを読む


しかし、
そんな分かりづらい無意識だからこそ、
我々を感動させてくれる才能もあります。

それは絵画などの芸術や、小説などの創作です。
本当に良い作品に出会うと、私たちは言葉を
失い、ただただ感動しますよね。(*^^)
ほんとその世界では、下手な解説(言葉)など
邪魔になるぐらい・・・(^^;)

でも、そうした芸術などの創作も、
今回のテーマである無意識の象徴と、
理屈はまったく同じ
無意識の自由な発想の産物なのであります。

感動は非日常の中にあります。芸術や小説などの創造の世界は、無意識の象徴。無意識の自由な発想の産物です。

無意識がやること(発想)に、言葉はいらない。
下手な解説は邪魔になるだけ・・・
となると、無意識を「くどくど」と説明
しようとするこの『無意識を知ろう』
そのものが、とっても野暮って話になる
わけです。。(^.^;
お後がヨロシイようで・・・(汗笑)



もうひとつの精神活動(3) 夢はサイレントムービー
言葉と心の発達

このコンテンツは2008年に作成され2015年に再編集
したものです。

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