自我(4)防衛機制 自分を守る心の仕組み

前章にも書きましたが、
自我はエスや超自我という心内部の仲間たちや、
外部(現実社会)から、さまざまな刺激や要求を
受けながら、日々頑張っています。

自我の立場・立ち位置

そして、そんな刺激や要求の中で、
自我がイチバン頭を痛めるのは、やはり
エス(無意識)から送られてくる要求(欲求)です。

なぜなら、
エスの欲求は自我自身にも十分理解できるし、
自分自身(自我自身)が生きるためにも、
いろいろな意味で、とても基本的で重要なモノ。

だから叶えてあげたい・・・

しかし反面その欲求は、どれも幼稚(荒削り)で、
そのままではとても社会では通用しないモノ
ばかりだから頭か痛い。(++;)

自我としてはエスの要求はすべて叶えてあげたい・・しかし・・

なので自我は、
その欲求を社会で通用するように加工したり、
エスに「しばらく待ってね」と、我慢をさせ
たり奮闘します。

しかしワガママなエスは、
そんな自我の大変さなど理解しようともせず、
次々と新たな要求(欲求)を突きつけ、すぐに
満たされないと心の内部で暴れまくります。(^^:


と、前置きが長くなりましたが(^^;)
これからお話しする防衛機制(自我防衛)は、
そんな苦戦苦悩する自我の防御アイテムです。

自我はこのアイテムを駆使して、
エスの欲求に応え、心の安定・・・
すなわち自分自身を守ろうとするわけです。

防衛機制は自我が自分を守るアイテム

さて、防衛機制というと、
なんだか物騒な国防ミサイルみたいで、
「あまり使わないんじゃないか」
「できたら使わないで(++;)」
という感じですが

それは決して特殊なものではなく、
日常の中でも頻繁に登場します。

ただし、
もともとが「その場しのぎ」な防具なので、
あとでボロや矛盾が出たり、かえって自分を
追い込む結果になることも、しばしば・・

防衛機制は、そんな、ちょっとオマヌケな
防衛アイテムです。(^^:
まあ、それも人間らしさ、、とも?(苦笑)

防衛機制は、臭いものには蓋をする「その場しのぎ」作戦?

なお、防衛機制は、
自我が無意識の領域(エリア)内で使います。     
ですから私たち自身、いつ、どこで、どんな
理由で、防衛機制が使われるのか、まったく
ワカリマセン。(^^;)

もし分かるとすれば、その行動のあと、
よくよく考えれば・・・
あるいは、他人から指摘されて・・・です。
※さらに、あるいは・・・この続きを読む

ますます厄介な感じがしますね。(^-^;

では、防衛機制とは、どういう行動と作用
なのでしょうか。その代表的なものを、
いくつかあげてみます。
きっと「ああ、あれかぁ」と思い当たるものが、
必ずいくつかあるはずです。

臭いものに蓋・・・これも立派な防衛アイテム?(苦笑)


【抑圧(よくあつ)】
第一部の無意識でも登場しましたが、
その場で発散できなかった強い不安や不快な
出来事を、無意識の中に抑え込む(無かった
ことにする)ことで、不安を消し去り、自分が
壊れないようにします。

防衛機制といえば抑圧
と云われるほど、抑圧は防衛機制の代表格です。

それは、
抑圧そのものが防衛作用であることは、
もちろんですが、他の防衛機制のほとんどが、
この抑圧と連携している・・・抑圧とセット
だったり、影響を受けている・・・からです。 

んーっ、ちょっとややこしいですね。(^^;)
この話は、他の防衛機制を知って頂いてから、
極楽とんぼのつぶや記で、改めて説明させて
頂きます。

抑圧・・・表面に出せない怒りや悲しみなどを意識から消してしまいます


【否認 (ひにん)】
実際に起こった悲痛な出来事を認めないよう
にすること、です。

たとえば、家族や友人を亡くしてしまった場合、
その死を知っていても認めないことで、心の
平常を保とうとします。

とくに子どもや、心の力が弱くなっている人は、
現実から強い刺激を受けると耐えられないので、
「知っていても、知らないことにする」
ことで、自分を守ろうとします。

もちろん、無意識ですから、
本人にはウソや、誤魔化しをしているという
意識はありません。

ですから、周囲が「えっ?」と思う行動も
あるのですが、本人は、その行動の矛盾など
に気づけません。

否認・・・ツライ現実を受け入れないようにすることで、心が壊れないようにします


【同一化 (どういつか)】
受け入れられない現実や、叶えられそうにない
現実があるとき、その相手を真似たりする
ことで、満足しようとする心の働きです。

たとえば、
幼児が「お母さんと結婚したい」と思う。
しかし現実的には無理ですよね。
そうしたとき、母親のパートナーである父親を
真似て、同じようになることで、
仮想的に母親との結婚を実現させ満足します

同一化・・・対象になる相手と『同じ』になることで欲求を満たそうとします

また、自分が「とても弱い人間だ」と劣等感を
感じているとします。劣等感を持ち続けること
は、とても辛く耐えるのも大変です。

そんなとき憧れる『強い人』を真似て、その人
になりきることで、劣等感による不安から
自分を守ろうするのも同一化です。

劣等感による不安から、自分を守ろうするのも同一化

※幼児の同一化については、第三部で詳しく説明させて頂きます。

武蔵と小次郎に同一化しようとする自我とエス(苦笑)

 


【投影 (とうえい)】
自分の中で起こっている不安や欲求を、
相手などに映し出してしまう心の働きです。

たとえば、

実際には自分が相手に対して不満があるのに
「あの人は怒っている」
「あの人は自分を嫌っている」
と、あたかも「相手がそうなのだ」
と思い込んでしまうことです。

そうすることで、
「悪いのは自分ではなく相手である」
という正当性を持ちたいわけです。


あるいは、
自分の母親が好きだったのだけれど、
それは叶わなかった。
でも、どうしても納得ができず願望が残って
いる場合など、母親にどこか似た人を好き
になる

異性親に似た人を好きになるのも投影のひとつです

これも母親に対する欲求を、その相手に
重ね合わせているわけで、投影の一つと
云えます。

たぶん恋愛のほとんどは、これですね。(^-^;

ちなみに、
被害妄想などは、この投影が関係している
と云われています。

投影・・・自分の中にある不安や欲望などを、相手に映し出してしまうことです


【合理化 (ごうりか)】
自分の行動は正しいと理由をつけて正当化
しようとする心の働きです。

たとえば、
自分はやりたいと思うが、実現できそうにない。
そんなとき、「あれは社会的に良くないことだ」
「もともと自分には必要の無いことだ」
と云って、あきらめてしまうことが合理化です。

また、たとえば、
周囲からタバコやお酒を「やめたら?」
と云われたとき、
「タバコや酒で身体を壊す可能性より、
我慢したストレスのほうがはるかに身体には
良くない。だからやめないのだ」
などと理屈をつけたりします。(^^;)
ああ、耳が痛いです。(笑)

つまり、
「社会的にどうか」と云うよりも、自分の中で
理屈をつくり、自分で納得してしまう、という
のが合理化です。

合理化・・・自分の中で理屈をつくり自分の行動は正しいと正当化することで、心を安定させようとします


【置き換え(おきかえ)】
自分の欲求することが困難なことであったり、
社会的に認められない場合に、手近かなもの
を代替として不満を解消したり、満足を
得ようとします。

たとえば、
上司に叱られたとき、上司に食ってかかる
ことは困難ですし、自分の立場を悪くする
ので、代わりに部下に八つ当たり(弱いもの
イジメ)をする。

あるいは、
好きな人に近づけないので、その人の持ち物を
代わりに持ち帰えるなどして、自分の気持ちを
慰めたりする・・などがあります。


自分では果たせない欲望を、手近なもの・・・
つまり、簡単にできることで満たそうとする
わけです。

だいたい簡単にできてしまうことに、あまり
良い話はないですよね。(^^;) 

置き換え・・・不満や欲求を手近なもので解消しようとします


【反動形成(はんどうけいせい)】
本当のことを見抜かれないようにするために
気持ちとは反対の行動をとること、です。

店先でジッとオモチャを見ている子どもに
「それ、欲しいの?」ときくと、
「いらない!」と驚くほどの反応が返って
きたりします。

目に涙を浮かべていたりするので、
「あ、やっぱり欲しいんだ(^m^)」と。
子どもって、分かりやすいですよね。(笑)

しかし大人でも頻繁に、これをやります。
大嫌いな上司に
「おお、さすが部長、お見事です」など。(笑) 
    
ではなぜ、そんなことをするのでしょう?
それは自分の本心を見抜かれないためです。
だから気持ちと反対の行動をとって、
カムフラージュするわけです。

たとえば、
自分を大きく見せようと威張り散らしたり、
虚勢を張るのは、内心ビクビクと臆病な人の
カムフラージュですし、

虚勢をはるのは、臆病さのカムフラージュ

わざと厚かましい(図々しい)態度をとるのは、
自分の劣等感などを見抜かれないための行動
だったりします。

しかしこの反動形成には、一つ大きな欠点が
あります。それはその行動が、大袈裟(過度)
であることです。

結局、行動が大袈裟であるために、かえって
怪しまれ、見透かされてしまうというあたり、
オマヌケだけど愛らしい感じもしますよね。
(^^:(苦笑)

反動形成は、言動が大袈裟になるので、すぐにバレます^^ゞ

みなさんも、経験ありませんか?
自分のとった行動が、あまりにも大袈裟で、
自分で驚いたり、あとで笑ってしまったこと。
(汗笑)

反動形成・・・気持ちとは正反対の言動をすることで、本心を見抜かれないようにします


【分離(ぶんり)=解離(かいり)】

私たちはふだん「あ、いいな」「嫌だな」と、
心に浮かんだモノと、気持ち(感情)が
連動していますよね。

しかし分離は、そうした心に浮かぶモノと、
気持ちを切り離し別々にして、「嫌だな」
とも思わなくしてしまうことを云います。

たとえば、
どんなに好きで、相手を恋人にしたいと思って
も、恋愛は相手あってのことですから、思うよ
うに行きませんよね。しかし気持ちとしては
「なんとか叶えたい」と思うわけですから、
それだけでも、かなり辛いわけです。

とくに思春期の頃は、恋心の中に、性への興味
などが強く混ざりますから、性へ走ろうとする
気持ちと、「いけない!」と禁止する気持ちが
ぶつかり合い、なおさら「どうしたら良いの?」
と思い悩むことになります。

そんなとき、
心に浮かぶことと、感情(気持ち)を切り離し
、何も感じなくして、心の負担を軽くし、
気持ちの処理もしやすさせるのが分離です。
分離のたとえ話・・※

分離・・・心に浮かぶモノと気持ちとを切り離すことで、心の負担を軽くしようとします

もちろん、根本的に解決したわけではありま
せんから、いくら「感じなくなった」とは
云っても、心の中に歪み(ゆがみ)ができて、
行動の『裏表』が激しく表われたり、
強迫神経症などの原因(要因)になること
もあります。

分離・・・心に浮かぶ事と感情を切り離して、何も感じなくしてしまえば、心の負担は軽くなります


【復元(ふくげん)=打ち消し】
復元には、2つのタイプ(種類)があります。

そのひとつは、

ある感情が行動に表われそうになったとき、
その感情が(自分自身で)受け入れられない
という場合に、この感情を打ち消す為に、
気持ちとは正反対の行動をとること
云います。

たとえば、
相手にヒドイことをしそうになったとき、
その感情(行動)を強く恥じて、そのヒドイ
行為の正反対の行動をとります。

具体的には、
相手の機嫌をとったり、尽く(つく)したり、
必要以上な『あやまり方(謝罪)』など。

つまり、
無意識の中での罪悪感が、そうさせるわけです。

しかし、
本人が「マズイ」と思った行為自体、(実行以
前に取りやめて)未遂である場合が多いので、
仮に謝罪を受けても、相手にとっては心当たり
が無く「何のことだろう?」と、その行動を
奇異(不思議)に思うことも。

復元(償い)・・・心に持った感情を打ち消すために、気持ちと正反対の行動をとります 

そして、もうひとつは、
ある感情が行動に出てしまい、あとで気づいた
とき、今度はその行動を感情抜きで、何度も
繰り返す行動をとります。

つまり
同じ行動を何度も「やり直す」ことで、
そのときの感情を
「そういうつもりじゃなかったんだよ」
打ち消せそうとするわけです。

復元(打ち消し)・・・心に持った感情を打ち消すために、同じ行為を何度も繰り返します 

ちなみに、
この復元は、前に書きました『分離』や
『反動形成』とセットや、ペアであることが、
ほとんどです。

また復元が強く表われた場合、
「やらずには気がすまない」
という状態となり、それがいわゆる強迫性格、
あるいは強迫神経症と呼ばれるものです。

復元(打ち消し)は、強迫性格や強迫神経症と深い関係があります  


【昇華 (しょうか)】
欲求が叶えられそうにないとき、
他の事で叶えようと頑張ることです。
     
たとえば、
自分には憧れる人がいる。 しかし、その人
と同じことをするのは難しそうだ。そうした
とき、自分がやれることを頑張って、その人
に近づいたり、追い抜こうと努力するのが
昇華です。

つまり、
欲求を叶えることが難しいとき、他のことで
叶えようとすること。あるいは実際に叶えて
しまうことです。

他のことで叶える点では、上記の置き換えと
似てますが、あえて困難なことに努力したり、
自分が社会的に認められることで欲求を満た
そうとするのが昇華ですから、雲泥の差です
ね。(^^;)

昇華は、そうした努力で、自分を上へ上へと
押し上げようとする作用で、もっとも理想的
な防衛機制と云われています。

ただし、
理想的とは云っても、そこに無理があったり、
過度になると、神経症や、うつの原因になる
こともあります。




【神経症 (しんけいしょう)】
他の防衛機制では、どうしても不安を打ち
消せない、自分を守ることができない・・・
となったとき、最終的な手段として、症状を
起こすことによって現実から逃れ、
心の負担を軽減しようとします。

つまり、
症状に逃げ込むことで、自分(心)を守ろう
とするわけです。

身体的症状を起こすことによって不安を回避させ心の負担を軽くしようとします。たとえば、自分に課すものが大き過ぎると心は負担にたえられなくなり、症状を出来ない理由に解放されようとするわけです

ただし、
現実から逃れたとは云っても、症状という
ツライ状態に付きまとわれてしまうこと
になり・・・
(下の絵に続きます)


神経症については、
また第三部で詳しく説明させて頂きます。

 

【退行 (たいこう)】    
退行は、抑圧の次くらいに防衛機制の代表格
です。そして抑圧と同じぐらいちょっと特殊
で、他の防衛機制と深い関係にあるのでは
ないか、と思われます。
※「そう思われる理由の一つ」はこちらで。

この退行についての詳しくは、第三部の
『心が子どもに戻る?』にも書いております
ので、ここでは簡単に触れておきます。


さて、退行とは、
いまの自分の能力では現状の困難を乗り切れ
そうに無くなったとき、自我が過去の自分
(自我)へ後戻りして心の平常を保とう
とする心の働きです。

つまり、
現実から、子どもの自分へ逃避するわけです。

子どもは大人と違って「子どもなんだから仕方
がない」と社会的に多くのことが許されてい
ますから、そんな子どもに戻ることで、責任
の回避がしたいわけですね。

もちろん
本人は、子どもに戻った自覚はありません。

しかし、
自我が過去の自分に戻るわけですから、当然
子どものような振る舞いをするので、周囲には
明らかに退行とわかります。

たとえば、
泣き出したり、大声で怒鳴ってみたり・・・

もちろん、
それでは現状を乗り切ることはできませんが、
少なくとも心が子どもになるので、(一時的
ですが)不安を軽くすることができます。

退行・・・苦境などになったとき、心を子どもに戻すことで不安を取り除こうとします 

また退行は、
神経症や他の心の障害とも深い関係があります。
そのへんも、また第三部で。
     

※ちなみに防衛機制は、単独で起こるという
よりも、ここに掲載したいろいろな機制が
「まざりあう」ことが、ほとんどです。
たとえば・・・(この続きを読む)    

以上が、おもな防衛機制です。
「そういえば・・・」と、心当たりのある
ことも多いのではないでしょうか。

自我は、これらの防衛機制を使い、日夜、
心が壊れないよう頑張っているわけです。

しかし冒頭にも書きましたように、それらは
とっさの「その場しのぎ」が多いので、
あとあと困ってしまったり、新たな心の葛藤
を招いたりすることも・・・※補足です

そのへんのことも、
次の第三部でもう少し詳しく書かせて頂きます。

素直になれないのも、防衛機制?(^^:

【極楽とんぼのつぶや記】
~抑圧は防衛機制の本家本元~

本編で、
他の防衛機制のほとんどが、抑圧と連携して
いる(影響している)という話を致しました。

お約束どおり、その理由を書いてみたいと
思います。

結論から云いますと、
ほとんどの防衛機制は、抑圧によって引き起こ
されており、もし抑圧がなければ、ほとんどの
防衛機制は必要ないか、仮に必要であっても、
あまり深刻なものにならないだろう・・・
と云い切って良いほどです。

まず第一部での話しを思い出してみてください。
抑圧とは、自分で禁じてしまった欲望や、
ショックなどによる心の傷たちでした。


そして私たちは、その抑圧も含めた無意識の
中身によって、心の働き(思考)はもちろん、
行動に影響が出ることも、すでにお話した
とおりです。


そうなると、
本編に書いた他の防衛機制の例などは、
無意識にあるものが表面化(意識化)されそう
になるのを恐れ、(それを何とか誤魔化そうと)
自我がカムフラージュした結果である、と云え
そう・・と思えませんか。

※このとき上記の『無意識にあるものが』の
部分を『抑圧されたものが』と置き換えてし
まっても良いくらい、抑圧は、私たちの無意識
に大きな影響力を持っています。

なぜなら、
その無意識の中にあるものは、自我にとって
隠しておきたいもの、だからです。
しかも、抑圧されたものなら、なおさら・・・


それにしても、
よっぽど自我は抑圧の存在が怖いみたい、
ですね。(^^:

もちろん中には、表面化してしまったほうが
良い抑圧もあるのですが、自我にしてみれば、
せっかく抑圧したのに、いまさら引っ張り
出されて、
またエスとゴタゴタしたくない※←補足があります
という気持ちもあって、とっさに防衛機制を
使うのかも知れません。

もっとも、それこそ自我も「とっさ」の無意識
ですから、その真意は分かりませんけどね。(^^:

しかしそれは自分が隠した罪の発覚を恐れ、
嘘で誤魔化そうとする行為に似ていますよね。

それだけに、
カムフラージュに使われる防衛機制が大袈裟、
深刻であればあるほど、隠された抑圧の大きさ
も計り知れる(分かる)と云うわけです。

ともあれこれで、
抑圧が主原因で、他の防衛機制が引き起こされ
ているという防衛機制の図式も見えてくると
思います。


さてそうなると、次に気になるのは、
抑圧されたモノの質や量です。

つまり、
抑圧されたモノの質(中身)や量(多さ)に
よって、それぞれ生き方(感じ方、考え方)
も違ってきますし、そうなれば当然、防衛機制
の内容も変わってくるだろう、と云うわけです。           

たとえば、
親の愛情を欲する抑圧が強ければ、
親に似た人を追い求めて(投影)、何度も
恋愛や結婚を繰り返えすことがあるかも
しれません。

親に頭を抑えられ、その怒りの抑圧が強ければ、
強い者にはへつらい、弱い者をイジメる(置き
換え)行為を繰り返して自分を慰める人になる
かも知れません。

つまり、
その抑圧されたモノの中身や量によって当然、
他の防衛機制の種類や発動頻度にも影響が出て
くるはずです。


逆に云えば、
抑圧があまり無い人は、あまり心に無理がない
ので、他の防衛機制を発動させる回数も少ない
かもしれませんよね。


ちなみに、
誕生前後(乳児期)にできた抑圧は、その後
に行う抑圧の『元』になると云われています。

つまり、
上の例と同じように、むかし抑圧があったとい
うことは、そこにひとつのこだわりができるの
と同じですから、歴史も抑圧も繰り返す・・・

そして、また類似したできごとが起これば、
同じようにまたそれも抑圧する・・・
と云ったように抑圧にも連鎖があるわけです。



ややこしい話になってしまいましたね。(^^;)
これらのことも、もう少し先の第三部で詳しく
書かせて頂きます。

防衛機制は自我の一人時間差防衛

 

自我(3) 成長変化する努力人
人間の本能は壊れてる?

このページは『無意識を知ろう♪極楽とんぼの精
神分析学入門』をスマートフォン対応に再編集し
たものです。※文章はスマートフォン向けに編集
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