心の障害のこと(2) 精神疾患について

さて、
前章では神経症についてを書きましたが、
この章では精神疾患と呼ばれている
『心の病』について
少し触れておきたいと思います。

精神疾患で代表されるものには、
うつ病、躁病、統合失調症、境界例、
自閉症などがありますが、
ここでは うつ病と、統合失調症を例として
そのメカニズムを説明させて頂きます。


前章で、神経症も、他の心の病も、
似たようなメカニズムで発症します、
と書きました。

つまりそれは固着への退行のことで、
どの精神疾患も、このメカニズムによって
説明することができます。

うつ病も統合失調症も、退行で発症する
ところまでは、神経症と同じ。
ただ違っているのは、
退行する固着の場所です。



【統合失調症】

たとえば、
統合失調症の場合に退行するのは、
自我がまだ芽生えていない、胎児期から
0歳の初め頃の固着と云われています。

別章にも書きましたが、この時期の
心にはまだ自我は無く、
すべてがエスの世界です。

そしてこの時期は、
愛するものは自分しかないという
自己愛・ナルシズム
『100%自分だけの世界』。

つまり統合失調症は、現実から完全に
乖離した(離れた)場所(固着)へ退行し、
自分だけの世界で生きてしまう心の病
と云えます。

統合失調症の症状として、幻覚や幻聴。
そして現実的でない言動などがありますが、

これは
退行した先が無意識だけの非現実の世界で、
その非現実な世界から現実を眺めている
ために、現実には無いものが見えたり
聞えたりする、と考えられます。


しかし症者自身にすれば、それが現実であり、
「自分は、ちゃんと現実を認識している」
と思っているわけで、
そうした現実・非現実の区別や、
症状に対する自覚が無いことも、
この病気の特徴です。

つまり、
症状に対する自覚が無いことから、
(前章で述べた)自我親和性になるわけです。




【うつ病】

うつ病にも、
ナルシズムという自己愛の世界への退行がある
と云われていますが、現実に対する認識が
混ざっていることから、
生後半年くらいから2歳ぐらいの口唇期への
退行であろう、と考えることができます。

統合失調症の退行先は100%無意識の世界
でしたが、うつ病の退行先は同じ無意識でも、
そこには芽生え始めた自我もいます。

うつ病の辛さの根源は、どうやらこの退行した
固着地点にありそうです。

どういう意味かと云いますと、

退行した先が100%無意識であれば、
外界(周囲)で何が起ころうと
「オレには関係ねぇ」
と、自分だけの世界に浸っていられます。

しかし退行した先が1歳~2歳の固着になると、
自我(意識)が芽生え始めていますので、
いささか状況は複雑になるわけです。

たとえば
未成熟と云っても、自我が目覚めてますから、
「ダメ」と叱られれば
「自分は、こうしたいのに」と反発心も
あるはず・・・

しかし、どうでしょう。
1~2歳のこの頃はまだ、言葉が上手く
しゃべれません。

ですから反発したくても、上手く表現できず、
黙るか泣くかしかない。

手も足も、そして口も出せない
『だるまさん状態』なのです。

考えただけでもストレスが溜まりますよね。(>_<)


つまり、うつ病は、
そんなだるまさん状態のときにできた固着への
退行ですから、
仕方なく自分の殻に篭るしかない心の病
なわけです。


症状は一般的に、
気分の沈み込みが多いわけですが、
それは現実の自分を悲しみ、憂いている
というよりも、
過去の固着にある傷を悲しんでいる・・・
という感じではないでしょうか。

いずれにしても、症状のあるときは、
自我は自分だけの世界(非現実の世界)
に篭るわけですが、
現実に対する認識もあることから、
自我が症状を自覚する
自我疎外性と云って良いと思います。

しかし、それだけに、
現実と非現実の板ばさみとなり、
その苦しさが、うつ病の最大の苦痛
ではないかと思います。

重症期には、
まだ非現実(非現実)の比重が大きいので、
苦痛というより、
感覚や視界にフィルターが掛ったような
ふわふわと(居心地の悪い)夢を見ている
感じですが、

回復期には、
そこへ現実が混ざり込んできますから、
想像以上の混乱と苦痛が起こります。

回復期や軽症者に自殺が多いという理由には、
そうした理由があるように思います。


ちなみに、
うつ病に対して、躁(そう)病があります。

そして、
躁・うつ両方の症状が交互、あるいは同時に
表われる状態を躁うつ病(双極性障害)と
云いますが、

いずれも固着の時期や退行するメカニズムは、
うつ病と同じです。


しかし葛藤(板ばさみ)を受け入れてしまう
うつ病に対して、躁病は、
心の中の葛藤も現実も拒絶して
「オレには関係ねぇ」の立場をとり、

そのかわりのように
「あれも、これも」をガマンせず、
うつ病とは対照的な、
自由気ままな行動をとります。

ですが、
心の内部にある葛藤は、うつ病と変わらず
同じですから、

そうした行動は、葛藤を隠す為(偽装する為)
無意識的にわざと明るく振舞っている
とも云えるわけです。


また、そうしたことから、躁うつ病は、
心の中の葛藤を、受け入れたり、
拒絶したりを繰り返す心の病、
ということが云えると思います。



【その他の精神疾患】

そのほか、境界例や自閉症なども、
意識より無意識の支配が強く、
無意識の世界で生活してしまう心の障害で、
自身には認識のない自我親和性です。

そうした心の障害を病気とするかどうかは
賛否の分かれるところですが、私個人としては、
それもその人の心の性質と考えます。

たしかに
心の障害をもった人たちは、社会参加という
意味では大きなハンディがあることは
現実として事実です。

しかし反面、
感性(創造性)がとても豊かで、ひとつのことに
対しての集中力、記憶力などが卓越している
ことが多いこともたしかで、
芸術や科学などの分野で活躍している人も
少なくないのも事実です。

そうしたことも症者の
人それぞれの心の性質の良い面であり、
その人の優れた能力だと思います。


【極楽とんぼのつぶや記】
~心の障害のこと まとめ~

囲炉裏、なかなか良いでしょ?^^ゞ(笑)

さて、
神経症も、うつ病も、統合失調症も、
固着への退行によって発症するが、
そこにはさまざまな違いがある・・・
そのへんのところ、何となくでも
ご理解頂けましたでしょうか。

しかし、さまざまな違いと云っても、
目立って大きな違いがあるわけでもないのに
症状が大きく分かれてしまう、という部分で、
ちょっと分かりづらいかも知れませんね。

それに症状が大きく分かれるとは云っても、
所詮が同じ心の中で起こっていることですので
症状を細かくみていくと、

神経症の中にうつ病の症状があったり、
神経症と同じ症状が統合失調症の中にみられる
こともあって「見分け」という部分でも、
分かりづらいかも知れません。(^^:


まあ、そうした見分けについては、医師などの
専門家にお任せすると致しまして、

最後に『心の障害のこと』のまとめを兼ねて、
おおまかに症病の分かれ目・・
どこに病気の分岐点があるのかを
補足的に書いてみたいと思います。

これで少しでもその「分かりづらい違い」を
ご理解頂ければ幸いです。



まず、
自我がどこの固着へ退行するかによって
起こる症状も違ってくるわけですが、

ポイントになるのは、固着の位置・・・
つまり固着のできた時期と、その無意識の深さ
ではないか、と考えられます。



たとえば、退行は、
その年代の自分へ自我が戻ることですが、
胎児期の固着へ戻るといっても、自我は
当時の自分を知りません。

・・と云うより、まだ誕生してませんから、
知るもなにもありませんよね。(^^:

ですから極端な話、見ず知らずの
他人の家へ帰った(?)ようなもので、当然、
自我の居場所も活躍する場所もありません。 
   
しかも、
そこは意識から、はるかに離れた無意識の
深い場所ですから、仮に自我が何かを
意識しよう、行動しようと頑張っても、
コントロールがきかない・・・

自我としては何が起ころうと手も足も出せず、
すべては無意識(エス)に支配されるまま・・。

つまり、
胎児期に近い固着への退行であるほど、自我の
管理下から離れてしまうので、

仮に症状が同じでも、
それが意識(自覚)されるか、されないかなどの、
違う障害や病態(症状の重さ)に分かれてしまう
ことになる、と考えられるわけです。


ちなみに(^^:、自我が無意識の深い部分に入った場合、
自我自身も無意識になる・・・つまり意識活動が停止
された状態になりますから、上記の説明やイラストの
ような「行動しよう」「コントロールしよう」
などの意識活動は「ない」かもしれません。
あくまでも想像イメージです。(^^:と念の為

 

そして次は、退行の仕方です。

神経症や他の心の障害は、すべて心の中での
(自我の)葛藤と分裂によって始まりますが、

自我の一部だけが退行する場合と、
すべてが退行してしまう場合とでは、
当然、起こる症状が違ってきます。


たとえば、
現実(意識部分)に自我の片割れを残す
神経症のような退行の場合には、
退行して症状を引き起こしながらも、
現実に対する意識(認識)が残っていますから、
「自分は神経症である」
という病識を持つことができます。

しかし、
自我が意識からすべて撤退してしまう
統合失調症のような退行の場合、
現実に対する認識が無いはずなのに、
(夢を見ているのと同じような状態なのに)
本人はそれを現実と思ってしまうので、
「自分が病気である」という病識を、
なかなか持つことができません。

ですので、
たとえば症状が同じ『恐怖感』であっても、
神経症と統合失調症とでは、
意味合いが違ってくるわけです。


もちろん、
その恐怖がまったくの非現実的(空想的)
であっても、本人にとっては「本当に怖い」
ことは事実なのですから、
その人にとっての現実として尊重される
べきであることは云うまでもありません。
 
しかし、
現実的には起こっていない事実ですので、
周囲の人にとっては理解や対応が大変難しい
ことも事実です。



その他にも、
退行する固着の状態(中身や大きさ)や、
周囲にある別の固着との関係性などに
よっても、さまざまな症状や病状に
分かれるのが、心の障害だと云えます。


ちなみに、

以前は精神分裂病と呼ばれた統合失調症の
病名での『分裂』は、自我の分裂を意味
するだけではなく、

外界(外の世界)と自分を分断(分裂)させ
自分だけの(ナルシズム・自己愛な)世界に
引き篭ってしまったようになるので、
そのような病名になった、とも云われています。

それはちょうど
胎児期や、それに近い場所への退行ですから、
お母さんのお腹の中へ戻ったような、
やすらぎのある場所なのかも知れませんね。

 

心の障害のこと(1) 神経症について
第三部のまとめ

このコンテンツは2008年に作成され2015年に再編集
したものです。

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