神経症と不安(2)不安のルーツ(2)

前章では、私たちの不安のルーツ(起源)をみてきました。「なるほど~、不安の基本は これだったのかぁ」とガッテンして頂けましたでしょうか。(笑)

さて、この章では、もう少し本能不安に触れてから、
その先の(年齢が)大きくなってからの不安について、を書いておきたいと思います。

前章で述べた基本的な不安を、本能不安と云いました。
もともと不安には、対象も具体性(根拠)も無いと云われていますが、この本能不安は、それを如実に表しています。(^^;)
つまり、さすが不安の原点(王道?)であるが如く、実に具体性の無い不安なのです。

でも・・・不安になるからには、必ず根拠は隠されているはず、ですよね。
そこでこの章では「さて、その根拠とはいったい何でしょう?」的な話から始めながら、さらに不安について掘り下げて行きたいと思います。

たとえば、赤ちゃんの頃は、「どうしてこれが不安なの?」と私たちが思うようなことまで、彼らは不安な表情をしたり、怖がったりします。
それは、即充足の快楽原則だし、まだ現実を学習していないので、手当たり次第に不安になる・・・と云うのも正解かも知れませんが、実は彼らが不安なのは、どうやら自分自身みたいなのです。

もっと詳しく云えば、自分の内部で起こる興奮、、、すなわち、不安になる自分が不安なわけです。

ちょっと、ややこしいですね。(笑)

それは何故かと云いますと、二次過程(自我)が一次過程(エス)を助けてくれるとは云っても、まだ二次過程の自我が未熟で失敗することが多い・・・すると自我自身も絶えずエスが起こすであろう興奮(不安)を、ビクビクと恐れるようになると云うわけです。

つまりこの時期の子供は、自我が不安定な自分自身が不安なのであって、具体的な何かを恐れているわけではないのですね。

なので、どちらかと云えば、その不安は(漠然とした)心細いという気持ち、が近いと思います。

つまり本能不安は、自分の中で自分を不安にしている・・・
言葉を悪く云えば、一人相撲をとっているだけなので、対象も具体性も無かったわけですね。(^^;)


そして、心身が成長するに従って、不安の形も変化してきます。

本能不安では、不安はあっても具体的な危険を感じることはありませんでした。しかし少しずつ精神が発達して、現実を知るようになると、不安にも具体性を持つようになります。

その新たな不安が去勢不安です。

去勢不安は、第二部の男根期でお話した、あの「オチンチンを取られてしまう」不安です。
たとえばこの頃になると、幼児は禁じられたことに対して危機感を持つようになります。
危機感を感じると、それが仮に妄想的(非現実的)であるにしても、「こうなってしまうのでは?」と云う具体的な不安に発展することは、みなさんも経験したことがあると思います。
つまり、漠然とした本能不安と違って、不安にも現実性を帯びてくるわけです。

もちろん、ここでも自我は知恵を絞って、この不安を取り除こうとします。
このときに使う防衛機制が抑圧であったり、同一化であったりするわけですが、自我だけではどうにもならないので超自我がその任務を助けます。

第一部にも書きましたが、自我が心の内部で自然に育つ情緒派であるのに対して、超自我は外部からの教えを機械的に守ろうとするロボット情緒派です。

そうなると、その超自我の介入によって、自我は不安要素をバサバサと容赦なく処理できるようになる・・・のかも知れませんが、気になるのはその副作用ですよね。。(^^;)

まあ、とにかくその超自我の一刀両断で、とりあえずは収束し自我も一安心するのですが、思春期になると、今度はその超自我が新たな不安の火種となります。

どういう事かと云いますと、思春期は第二部で述べましたように、肛門期、あるいは男根期までの、性欲活動(性本能)の再燃の時期です。
この再燃によって性的な衝動が強まるわけですが、超自我はそれを真っ向から禁止しようとします。
つまり、その超自我の衝動の禁止が、強い不安を呼び起こしてしまうわけで、

これを超自我不安と云います。
 
このとき、超自我が少し折れ「まあ、年齢的に性衝動も仕方がない」と、性欲活動に道を譲ってくれたなら、あまり問題も大きくならずに済むのですが、超自我が持ち前の頑固さをを持ち続けるならば、ここで葛藤などの大きなエネルギーを費やすことになり、精神の発達の妨害になるばかりではなく、神経症などの要因になってしまうのです。

やはり「ねばならぬ」の超自我を、男根期で強化させ過ぎてしまうことは避けたいものですね。(^-^;


この他にも喪失や迫害に対する不安など、細かく分類されたものがありますが、主要なものは以上の三つ(本能不安、去勢不安、超自我不安)かなと思います。
いずれにしても、衝動の禁止が不安を引き起こす要因になることは共通しています。  

次章は、 発症直前の不安と、神経症の不安について触れてみたいと思います。

     



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