神経症のメカニズム(3)退行と発症

神経症のポイント、最後の3つ目は退行(たいこう)です。

リビドーによる固着が存在するだけでは、発症には至りませんが、以下に述べるような状態で、自我の固着への退行が起こったとき、神経症が発症する場合があります。    

たとえば、15歳で発症というような場合、
それ以前から、何かしら苦悩(葛藤)や、強いストレスがあって、自我もエネルギーを使い果たし、相当に疲れきっていたはずです。

それでも自我は、自分の使命(エスを満足させること)の為に、あらゆる防衛機制を駆使して、なんとか現状の打破を目指します。

しかし、さまざまに手を尽くしても「どうにもならない」と、なったとき、自我は今までに感じたことのないような強い不安を感じます。

つまり「いよいよマズいな。現実では解決できないや(++;)」と、強い不安を感じ、
(自我は)最終的な手段として過去へ後戻り(退行)することを選びます。

退行は、第一部の『防衛機制のいろいろ』で述べましたように、防衛機制の一つです。

他の防衛機制が、自分の外部で現実的な解決をしようとするのに対して、この退行は精神内で解決しようとする(満足を得ようとする)特殊な防衛機制と云えます。
つまり、上述のように、さまざまな防衛機制を尽くしても現実解決が難しいと判断されたとき、自我は精神内部に救いを求めて退行を使うわけです。

しかし、この防衛機制(退行)には問題があります。
それは、救いを求めて退行する先が過去の固着(幼少期)であり、そこで自我自身が変化をしてしまうことです。

そう、幼少期に退行することによって、自我自身が「赤ちゃん帰り」してしまうわけですね。
もし、そんな形(完全なる赤ちゃん帰り)で欲求充足を許してしまったら、どうなるでしょう?

非常にマズイですよね。

そこで(妥協策として)姿カタチを変えて現れてくるのが神経症の症状です。

つまり、15歳なら15歳、30歳なら30歳の姿を維持する代償として、自我が身体的苦痛(すなわち、神経症の症状)を選ぶ・・・わけです。

しかし幼児期への退行であることには変わりはありませんから、精神的な部分に、子どもっぽい弱さや、考え方が出てしまいます。それが神経症が治りづらいと云われる原因のひとつです。(このことは、また後述します)

ちなみに、他の精神障害(躁鬱病や、統合失調症など)も、同じメカニズムによって起こると云われています。



この図式・・・退行によって起こるものとして、睡眠中の夢も、まったく同じメカニズムです。

つまり図にある『症状』の部分が『夢』で充足される場合もあるわけです。

云い換えれば、もし自我に余力が残っていたり、それほど緊迫した状態でなければ、神経症にはならずに、夢で欲求の充足が果たせていたかも・・・とも云えるわけです。

 


退行する固着はどこでも良いわけではなく、いちばん満足したい固着や、 現状の不安がいちばん癒されやすい固着・・・と考えて良いと思います。




※ここでは傷となるようなマイナス固着への退行をモデルにしていますが、大満足した固着へ退行する場合もあります。

もちろん、どんな退行であっても、目的は現状からの脱却であり、欲求を満たそうとする代償であることに変わりはありません。
そこには、同じような欲求を持った仲間のリビドーたちが、たくさん集まっていますから、同病相哀れむで、慰めあえるし、意気投合できるのかも知れませんね。
しかしその結果が辛い症状というのでは、見合わない感じも致しますが。。


でも、疑問になるのはやはり、
欲求充足や、自分を守る防衛機制なのに、どうしてそんな辛い目に遭わなれればならないのか?

だと思います。とても不合理な感じですよね。

しかし一見、不合理にみえても、そこにはちゃんとした理由があるのです。

たとえば、人に会う用事がある。しかし無意識の中で「その人に会いたくない」「用事も本意ではない」と
思っている場合、誰しも「病気だったら行かずに済むのになぁ」となるわけです。(^-^;

自我としても、身体がピンピン元気なのに行かなかったら、「心の狭い奴だ」とか「横着な奴だ」と
自分を責めることになるので、「それだけは避けたい、でも行きたくない、どうしよう」と不安になり、
その願望が本当は病気ではないが、病気のような不自由な状態と云う症状をつくりあげてしまう・・・としたら、どうでしょう?
自我も結構ちゃっかりしてると思いませんか?笑
     
もちろん自我としては、これがあまり上等な手段だとは思っていません。
なにしろ退行は「いよいよマズいな。現実では解決できないや(++;)」の果ての、仕方なくの一時的な妥協策ですからね。

しかしそれでも、自我としては上手くやっているつもりなのです。
どういうことかと云いますと、自我にしてみれば『いまある不安や苦痛を取り除くことが使命』なのですから、癒されるであろう場所へ逃げ込む(退行する)ことで彼は一応の責務は果たしているわけです。

現に、症状と云う別の辛さが発生したとはいえ、現在の辛い気持ちや、苦痛は回避できたわけすから、
自我の苦肉の策も成功と云えなくもないのです。

もし症状が消え去れば、また現実の不安や苦痛に引き戻されるわけですからね。

なんとも皮肉な話ですが。(^^;)


そして、もう一つ、成功したと云わざるえない理由として・・・
実際にも、この神経症の症状が、役に立ってしまうことも珍しくはないのです。

それは疾病利得(しっぺいりとく・・・病気になることで得をえる)と云う考え方です。

まず、(上記に述べた)現在ある苦痛を取り除く症状自体を第一次疾病利得と云いますが、
次に、その疾病によって周囲からやさしくされたり、家庭の不和が解消されたり、あるいは社会的義務を免除されたり、年金などを受け取れたりする利得があることから、それを第二次疾病利得と呼ばれ、少なくとも神経症者の役に立っている、と云うわけです。

もちろん神経症者にとっては、辛い症状を抱えて「得もあるものか!」なのですが、そのへんが複雑な部分と云えそうです。

第一次疾病利得のほうは、辛い症状自体のことを云いますから、「それが利得である」と云われても、なかなか納得(自覚)することはできません。

しかし、第二次疾病利得のほうは、やがて多くの症者が「症状のお陰で免除されることや、得ることも多い」ことに気づくわけです。

そうなると人間強くないですから、
「症状は辛いけど、症状が治まってまたあの厳しい現実に戻るのは怖い」
という心理が起こり、両者を天秤にかけて
「まあ、症状のままのほうが良いかな」
と、治りたいという気持ちより、治りたくない気持ちのほうが勝って、症状を受け入れてしまうわけで、これが神経症の改善しづらい理由になるわけです。

     
しかし中には、その第二次疾病利得にすら気づけない神経症もあります。

自分が神経症であることを認識、あるいは自覚できる神経症を自我疎外性(じがそがいせい・・・症状などに苦痛や違和感を感じられること)と呼ぶのですが、

もう一つ、自我親和性(じかしんわせい)と云う状態があり、(その神経症を患っても)自分が神経症であること自体が自覚されないのです。

つまり、初めから症状が自分に馴染んで同化しているので、神経症であることに気づかないわけです。

そうなると、症状は隠されているので(症状の)苦痛はありませんし、おまけに、その隠された症状の働きによって、現状の苦痛もまったくない状態ですから、
自我にとって発症は、とりあえず大成功であったことになるのです。

また、そうした自我親和性の神経症は、症者は自分が神経症であることに無自覚なのですから、自分から専門家を訪れることも無く、改善はさらに難しくなるわけです。 


ちなみに、非行などの問題行動も、この固着への退行によるもの、と云われています。
つまり、乳幼児期に退行することで、精神活動も赤ちゃんの行動に戻る為に、社会性が無くなるわけです。

たしかに、そうした観点で見てみると、問題行動を起こす彼らは幼い駄々っ子のようですよね。 

※神経症者にしてみても、症状の辛さもありますが、我慢や協調性がなくなり、幼児のような振る舞いになるのはこの為です。

退行して、神経症になって辛い症状を抱えるか、元気な暴れん坊になるか・・・の分かれ道がどこかにあったことになります。

もっとも、自分では選択できないことですし、どちらが良いとも云えないところですけどね。

 


最後に・・・


神経症が発症するには、まず固着があり、その固着は、リビドーの遺伝的素質と、幼児期の体験などが重なり合って誕生します。

そして偶発的体験と云う現在の出来事(発症のキッカケ)があって、退行が起こり症状に至るわけです。



    ちなみに・・・



そして、もう一つ、ちなみに・・・

さきほど、他の精神障害(統合失調症や、躁鬱病など)も、退行と同じメカニズムによって起こる、と述べましたが、その退行する先は、うつ病であれば口唇期の初期あたりであり、統合失調症の場合は、それよりも以前の、人間のもっとも原始的な部分であるエスである、と云われています。

いずれも、自体愛(自己愛)などのナルシズムが深く関与しており、結果として心の内部に引き篭もったような状態や、現実から掛け離れた言動などの現象が起こるわけです。  
尚、私は非医師ですので、精神障害については参考程度にお読みください。 

 


 

 

このコンテンツは2006年に作成され2015年に再編集
したものです。

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