症覚のない神経症者たち   1億総神経症な時代

久しぶりに書き物をすれば、またまた妙な題名でござ
います。そしてまたまた妙なことを書こうとしてるん
だろう・・と思ってません?まあ、そうなんですけど
ね。(汗笑)


さて、今回のタイトルの『症覚』・・・

病気を自覚することを『病識』と云いますが、
それと同じように、神経質症の自覚のことを『症覚』
と書いてみました。検索しても見当たらないので、
ここだけの用語ですね。

ともあれ・・(^^:←何がともあれ?(汗笑)
自分の症状に自覚のない神経資質症の方、あるいは
神経質症的な方が、あなたの周りにはたくさんいるの
ですよ、というお話を今回はさせて頂こうかと思い
ます。


まずは神経質症の定義

神経質症というと、みなさんは何を思い浮かべるで
しょうか。

みなさんの周囲の神経質症を探すには、まず神経質症
とは何かを仮説しておかなくてはなりませんね。

さて、それでは、どんな症状があるでしょうか、
考えてみましょう。(^.^)

たとえば・・・  

何かを繰り返さずには居られない。

あるものに対して恐怖心を抱いて行動できない。

あるものに対して不安が強くて行動ができない。

まだまだあると思いますが、これらのものに共通して
いることは何でしょうか。

そう、分かりやすい言葉でいえば
『気になって仕方がない』といえますね。

ならばこれを『強迫行動(強迫観念)』と置き換える
ことができると思います。

つまり、神経質症の根底にあるものは『強迫』である。
意識的、無意識的に関わらず、心がどうしても そこ
から離れられない状態を神経質症、あるいは神経質症
的と考えて良いのではないでしょうか。


あなたの周りの(無自覚)神経質症者さんたち

では、あなたの周りで、そのような行動をとっている
人を、見回してみましょう。

たとえば街では、いま老若男女問わず携帯電話という
ものが流行というより定着してますよね。
いまは電話で話すというより、メールや写真のやり
取りが多いのでしょうか。

それにしても、そんなに話好きだったのか・・・と
思うほど、かたときも携帯電話を耳元や目の前から
離さず、みなさんやってますね。

なかには「携帯を忘れた」とパニックになりながら、
通学や通勤の途中から引き返す人もいるほどです。

そうした携帯電話も一つの『強迫行為』と云える
と思います。

理由を辿れば、それぞれの理由や原因のようなものが
分かると思いますが、「寂しいから」や、
「取り残されそうな気がして」という理由から
『気になって仕方ない』のかも知れません。


その他としては、ストーカー行為というのも、
一つの強迫行為ですよね。

ストーキングをしてしまう人は、何かにとり憑かれた
ように『気になるもの』に執着します。
そしてときには、それが度を越して、犯罪などに
繋がることも昨今少なくありません。

・・・と、ここでうっかり、ストーカーという例を
出してしまったので、これは特殊なことではないの
です、と云いづらくなってしまいましたが(汗笑)、

「なにかに固執する」「気になって仕方ない」という
意味では、ストーキングも携帯電話と同様な脅迫行為
であり、実際特殊なことではないのです。


またあるいは、趣味なんかも、固執するという意味
では『強迫的』ですよね。

どうしても手に入れたいと思えば、借金もするし、
何処まででも買いに行ったりする。

ただストーカー犯罪と違うのは、それが合法的な手段
で手に入れたものである、と言う違いだけです。

まあ、携帯電話も合法的な道具という意味では、趣味
の範疇でしょうか。



偉大なる(無自覚)神経質症者さんたち

なんだか恐ろしく凄いサブタイトルになりました。(^-^;
正直、どうしてこんな書き物をしているのか・・・
とても不安になってます。ちゃんと辻褄の合う話で
まとめられますように・・・(-人-;)(汗笑)


これから登場頂く方たちも、実は立派な神経症的な方々
なのだ、ということを申しあげて、神経質症で悩む
みなさんに
「強迫的であることは、特別なことではないのだ」
ということを知って頂きたいのです。

そして、強迫的になりがちな性格を有効利用して
頂きたいと思います。
うん、これなら大丈夫そうだ・・・(ぼそっ。笑)


偉大なる・・・さて、どんな方々でしょう。
たとえば、プロスポーツの世界はどうでしょうか。

世界的なスター選手でいえば、野球のイチロー選手や
松井選手。サッカーなら中田選手や小野選手たちが
思い浮かびますね。

そうしたスタープレイヤーたちは、表向き、とても
涼しげで、努力とか根性とは無縁に思え、ときには
天才などと云われたりします。 

しかし、その裏舞台を知れば、そうではないことも
容易に分かりますよね。

そう、彼らは、それぞれの競技に執着し、ストイック
に追い求めるからこそ、スタープレイヤーなのです。

つまり、彼らも立派な神経質症的な人たちなのです。


そんなこと云ったって、彼らと自分らは違うよ・・・
と、おっしゃる方も居るかも知れません。

では、『強迫的』であることに、どんな違いがある
のでしょうか。

僕は無いと思います。


もし違いがあるとすれば、それは『強迫的』である
ことを、プラスに転じられるか、マイナスのまま持ち
続けるか、の紙一重の違いではないでしょうか。

もちろん、みずから強迫的であることと、強迫的に
ならざる得ないことの違いはあるでしょう。

しかし、その転換と、活用方法は、あなた自身の気持
ち一つなのだと思います。
 

一時期、『神経症の時代』という渡辺利夫氏の書籍が
話題になりましたが、いままさに、1億総神経質症的
な時代であると云えるような気がします。

どうか、自分が神経質症者であると負い目を持たず、
恥じずに「そうか、世の中、みんな同じなんだ」
という視点で、ご自分の人生を見つめ直して頂けたら
と思います。(*^-^)


書き流しなので、至らぬ点、読み苦しい点等が多いと
思いますが、ご勘弁頂けたら有り難いです。


 


・このコンテンツは1998年に執筆者のプライベート
サイトに掲載したものを2015年に再編集したものです。

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