森田療法と神経質症

森田療法とは
ここでは先ず、その森田療法の「あらまし」と、何故、
神経症をわざわざ神経質症と呼ぶのかの理由などに
触れてみたいと思います。

森田療法は、高知県出身の精神科医 森田正馬
(もりた まさたけ。通称 しょうま)博士によって
昭和初期に神経症の治療法として誕生しました。博士
は自身の体験からも、神経質症は性格傾向の偏り
(かたより)、神経質性格がエスカレートした状態が
神経症の症状であると主張しました。

つまり人間として当たり前の反応が強く出ているだけ
で、病気とは云えない。

そして『私の学説は治療ではない、人間の再教育』
である・・と、医師でありながら、治療という言葉を
否定しました。つまり博士は、性格傾向を改善し、
モノの見方を改めること(気付き)によって、症状も
消すことが出来ると考えた訳です。

博士の この理論を裏付けるように、現代の精神医学
でも神経症は『非精神病』(脳や神経系に異常を認め
ない心因性の障害)として、精神病とは区別して考え
られています。
 
以上のような事から、彼は神経症を神経質と呼び、
その呼称に こだわったそうです。 

そして博士の没後も 高弟たちによって、その意思は
引き継がれ森田神経質と呼ばれましたが、第二次大戦
後に一般にいう(性格上での)神経質と区別するべき
という意見から、森田神経質症と呼称を改めました。
 


現代の神経質症
森田療法が生まれて、半世紀以上が経ちました。
他の学会や世間では、もはや森田の時代ではない・・
という声も聞かれます。森田療法の有名な自助グルー
プの会員数の減少も、その現われかも知れません。

しかし、本当に森田療法は風化(陳腐化)してしまっ
たのでしょうか? 僕は心理研究の末席に居る者とし
て、人間が人間として生きる限り、神経質症の原因は
『性格傾向の偏り』とした森田療法は時代を問わず
有効である、と考えています。

たしかに、半世紀前と現在とでは、時代背景の変化と
ともに、神経質症のカタチも変わって来ています。

勿論、森田の後継者たちも、その事実には気付いて
おり、いまの時代に適した療法をネオ・モリタセラピ
ーとして、様々に研究がなされています。


さて、ここからは心理屋としての僕の考え方が多く
なりますが、現代の神経質症について少し考えてみた
いと思います。

森田療法(以後、森田)が生まれた時代は、あらゆ
る意味で不安定な時代でした。
現代社会も高度成長から一気に長引く不景気へと、
不安定な時代ですが、この2つの不安定さには大きな
違いがあるようです。

その違いとは『生と死』の捉え方、『死生観』の違い
だと思います。

森田の生まれた戦前・戦中は、戦火や食糧難によって、
常に生と死が背中合わせでした。
しかし現代は、いくら不況で失業しても、今日明日 
死に直面することは まずありません。つまり同じ
『死』から発する不安や恐怖でも、少々意味合いが
違って来ている訳です。

勿論、だからと云って、現代の不安(や恐怖)から
起こる神経質症を軽視して良いという訳ではありま
せん。

むしろ直接的な死と直面していない不安だけに、単純
ではない複合した原因が考えられる訳で、深刻だろう
と思っています。
 
いま、折りしも自分の存在を求めた『心の時代』が
叫ばれていますが、現代の神経質症も無縁ではなく、
深い関わりを持っています。

不透明で夢を追えなくなった時代の中で、先行きの不安
を感じるのは当然の事であり、昨今増え始めた
『抑鬱神経症』『退却神経症』などは、現代の代表的な
症状と云えるのではないでしょうか。

はっきりとした原因の掴めない『漠然とした不安』。

勿論、不安とは漠然としたものなのですが、不安自体
が明確でない上に さらに漠然としている・・・と云
う意味では、神経質症の改善の糸口である『気付き』
も簡単ではないことが分かります。


それともうひとつ。
現代の神経質症の特徴として、発症年齢の高年齢化
があげられます。

もともと神経質症は、精神が成長過程にある思春期か
ら青年期に起こる若年層 特有な病いでした。
ところが現代では、30代、40代で発症することも
珍しくありません。

その理由として、社会全体の幼弱化という問題がある
ように思います。
昔であれば、子どもも十歳、遅くても十五歳ぐらい
の年齢になれば、労働力として一人前の大人でした。

しかし現代は、人間の寿命が長くなったことや、学歴
を重んずる風潮から、私たちは二十歳を過ぎてもまだ
モラトリアム(社会に出るまでの猶予期間)な生活に
浸っていられます。

もちろん、しっかりとした教育を受けることは大切な
ことですが、その為に人間的な成熟ができず、そのま
ま社会に出てしまう(出されてしまう)ことで、神経質
症の発症リスクを高めている、と考えられるのです。

つまり年齢 相応に精神が発育せず、そのため実年齢
での社会生活で強い葛藤を持ちやすくなる。
それが精神の退行につながり、発症となるわけです。

神経質症は、精神の退行・・・つまり、精神が幼児
期の自分に戻ってしまうことによって起こります。

森田もそうした理由から、神経質症の治療は
『人間の再教育』によって、強い大人の精神を身につ
けることができれば、神経質症は治るし、いくら退行
しても発症するすることはない、と考えたわけです。


それともうひとつ・・すみません、これも重要です。

人間関係、とくに家族関係の希薄さも現代の神経質症
に大きく関わっているように思います。

太平洋戦争以降、日本の独特な文化ともいえる家族
制度が崩壊し、生活様式が大きく変わってしまいまし
たね。

祖父母と別れ、親子だけ(核家族)の暮らしになった
ことで、幼い頃から人間関係を学ぶことが難しくなり
ました。

そうした(家族間での)自然な学びがなかった為に、
対人不安や対人恐怖のような症状が増えたと云う仮説
は短絡的でしょうか。

また、両親が共稼ぎで、子供と一緒に過ごす時間が
少なくなったことも、親子間の心の距離を広げてし
まったように思います。

これは個人的な持論ですが、人が不安になるのは、
愛情に飢えた孤独感が大きな要因です。
甘えるべき時期に甘えられなかった愛情の欠乏感が、
精神の退行を招く、とも。

やはり愛情をしっかり受け取っていないと、自分の存
在を肯定的に受け止めることができず、たえず不安定
な気持ちから、精神が退行(逃避)して神経質症につな
がってしまう、と考えられるわけです。 


以上のことからも、自分を見つめ直す事が、いかに
重要であるかが、お分かり頂けるかと思います。

不安は人間として当然あっても良いもの。しかし自分
の存在まで否定的にしてしまう不安に打ち勝つには、
どうするべきなのか・・・

僕はココで森田を みなさんに売り込むつもりは無い
のですが、こんな時代だからこそ、森田の『人間の再
教育』という理念が重要なのだと思います。

みなさんは、どう思われますか?







・このコンテンツは1998年に執筆者のプライベート
サイトに掲載したものを2015年に再編集したものです。

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