困った大人にならない為に(1) 甘えと恥の調和がとれた大人に

歩道で完全に座り込んでたむろする若者たち。
通勤電車で化粧をしたり食事をしてしまう大人たち。

まだまだありますが、一昔前では信じられなかった
「えっ?」と思う光景が、いまは当たり前のように
日常の中にあります。

これを親だけ(親の育て方)の責任と云い切ってしまう
つもりはないのですが、こうした現象を食い止めるた
めには、やはり少しでも多くの親御さんが、
「せめて自分の子だけは、そういう大人になってほし
くない」という気持ちと心構えが必要だろうと思い
ます。


ではなぜ、
こうした世の中になってしまったのでしょうか。

まず考えられるのは『見境のない甘え』があります。
つまり他人(周囲)がどう思おうが、それが迷惑な行為
であろうが、「そんなことはどうでもいい」という
『甘え』ですね。

まあ、往来のある歩道で座ることくらい、電車の中で
自由に振る舞うことくらいで、そんなに目くじらをた
てる必要はないのではないか。
と考える方もいらっしゃるかもしれません。

しかし公共の場で、そうした行為ができてしまうと云
うことは、『一事が万事』で、おそらく他の場所でも
迷惑行為をしているという可能性が大きいのです。

それでも
「まあ、いいんじゃない?」と思えるでしょうか。
それがたとえ、自分にとって許し難い迷惑な行為で
あってもですか?


そうした意味でも、まず子育てをする段階で『甘え』
について考えておく必要がありそうですよね。

しかし、甘えを許さない子育ても考えものなんです。
子供はある時期、ある程度、親に対する『甘え』が必
要ですし、それによって『信頼』を学びます。

つまり親の庇護があってこそ、はじめて社会性を身に
着けるための『冒険』も安心してできるわけです。
なので、親子関係で甘えに厳しい『厳格』であること
は、望ましいことではありません。


では、どうしたら良いのか。
そこでまず、いまの世の中が冒頭に書いたような
「なんでもあり」な状態になってしまった原因を
もういちど考えてみましょう。

それには少し時代を遡り『昔』に戻してみます。
話は少し古いですが、江戸時代、日本はとても円熟し
た住みやすい『大人な時代』だったように思います。

町の人たちは隣近所という環境(人間関係)を大切に
し、お互いのことを考え、助け合っていました。

もちろん、すべてが「そう」ではなかったかもしれ
ませんが、少なくとも市井(町の人たち)は、
「人間は単独では生きられない」という意味での
『集団生活』を強く意識していたように思います。

そしてまず『助け合い』という意味では、そこにお互
いの信頼関係を前提とした『甘え』がある程度存在し
なければ成り立ちません。

いくら助けたいと思っても「いや、断る」と意地を
張られては、どうにもなりませんからね。汗

やはり「お互い様だよ、助けさせてね」「ああ、助か
る、ありがとう」という良い甘え関係が そこには
必要です。


ならば、どうすればこの『良い甘え関係』が築ける
のか?

それは、ある程度は甘えるけれど
「これ以上は甘えたら恥ずかしい」という歯止め。
一人の社会人として恥ずかしいという『恥の文化』
ではないかと思います。

つまり、昔は、この『甘えの文化』と『恥の文化』が
ほどよく溶け合い調和した社会だったのではないか
ということなのです。

逆に云えば、現代はこの『恥の文化』を欠いた『甘え
の文化』だけになってしまったから、すべてにおいて
歯止めの利かない『だらしのない社会』になってしま
ったと考えられるのです。

と、この先を書き続けると、止め処なくなりそうなの
で、汗笑

そこで、上記のことを踏まえたうえで、いま子育てを
されている、あるいはこれから子育てをされる親御さ
んに提案です。

子どもに『恥ずかしい』という気持ちを芽生えさせ
てあげてください。

具体的には、周囲に迷惑な行為をしたときに
「それはちょっと恥ずかしくない?」
と、子どもに問いかけて、
彼ら自身に考えてもらう・・・のです。

そうした『問いかけ』は、もう4~5歳になれば、
十分に考えることができるはずです。

しかしここで大事なのは、
まず、「お母さんが恥ずかしい」ではなく
「あなた自身が恥ずかしくない?」と、あくまで
『あなた自身の問題』として考えてもらうことです。

そして「いけない事だから、とにかくダメ」と強制し
た『植え付け(刷り込み)』ではなく、あくまでも
『芽生えさせてあげる』という自発を促すことです。


これには大事な理由が2つあります。

一つは、「いけない」のは、なぜか?という理由を
考えてもらう。理由が分からなければ、行為をやめる
理由も分からないことになります。逆に理由が理解で
きれば、類似した他の行為に対しても応用が出来ます
よね。(^.^)

しかしこの場合、もし子どもが「なぜいけないの?」
と問うてきたときのためにも、親御さんも『その道理
』を理解しておく必要があります。
そうでないと「いけないものは、いけないの」
と返すしかありません。そうなると結局・・・
あとは申しません。(汗笑)

そして、もう一つは、
強制した刷り込みは、超自我という刷り込まれた良
心だけが肥大化して、 結局はお子さんが心の中の葛
藤を強めるだけですから避けなくてはいけません。
あくまでも、
彼ら自身の自我に問いかけてあげてください。

この超自我については、こちらをご参照ください。


もちろん、
親子関係という家庭の中では、しっかり甘えてもらう。
そして、家を出て、他の人と交わる(公共の)場所との
違いをしっかり区別できるよう、 親御さんが自身の
行動で示してあげることが大事です。

見境いのない甘えにならないよう、彼らに『公私』
を感じてもらうことが目標になります。


はじめは難しく感じるかもしれませんが、お父さん、
お母さん自身も、もういちど社会勉強をするつもりで、
お子さんと一緒に考えてみると、意外な発見があった
りして案外と楽しいかも・・と、思います。(^.^)


 

 

このコンテンツは1998年に作成され2015年に再編集
したものです。

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