コラム(2)  心の奥行き 豊かな心を育む

子どもは成長するにつれ、大変なこと、多くの苦難に
ぶつかります。

これは人間の営みとして仕方のないことであり、
また人間として成長していくうえでは、大切なこと
と云えるのかもしれません。


しかし昨今は、老若に関係なく、その苦難に向かう
力が少し不足気味、のような気がします。
最近の云い方で表すなら「心が折れやすい」という
感じでしょうか。

たとえば新聞に載る自殺記事にしても、その動機が
「そんなことで?」と思うような事柄があまりにも
多いことに心が痛むのは私だけでしょうか。

もちろん、本人にとっては、とても深刻な問題なのは
間違いありませんが、死を選ぶにはハードルの低さ
を感じずにはいられません。
あるいは、幸いに自死を回避できたとしても、反対に
「あきらめ」という無気力な状態に陥ってしまう
ケースも珍しくなく、さらに深刻さを感じます。

少し脅かすような話ですみません。
しかし私自身、心が折れ、折れたままの方々と多く
接しているせいか、とても気になります。


さて、ここからは前向きな話です。

何かの壁に突き当たったとき「心が折れやすい」
この理由・原因を考えてみると・・・
その要因は多々あるとは思いますが、その一つに
「心の奥行きの浅さ」があるように思います。

別の表現を使うなら「心の引き出しの少なさ」
でしょうか。


たとえば、何かの壁に突き当たったとき、
もしこの引き出しが多くあれば、それだけ選択肢も
多いことになります。
トランプで云えば「手持ちのカード」ですね。

逆に、それが少なければどうなるでしょう?
選択肢が少ないわけですから、行き詰る確率も
高くなってしまいますよね。

昨今の「心の折れやすさ」は、この引き出し、
心の奥行きにあるように思うのです。


ではなぜ、私がその話を、この子育ての提案の
中で書かせて頂くのかです。

それはもちろん、その心の奥行きと、引き出しを
たくさん持つためには、子どものころの経験が
不可欠と思うからです。


親とて、子どもの人生に介入することはできません。
子どもが壁に突き当たったときも、ただ見守ること
しかできないわけですが、

しかし、心の引き出しに経験を詰め込む手伝いは
してあげられるのです。


さて、それでは具体的に・・・

子どもたちは小学生くらいになると、
親が喜ぶことをすることに喜びを感じます。
つまり、親の喜ぶ顔が見たくて頑張ります。

本当は、これは支配に繋がる危険があるので、
あまり「このこと」を利用したくないのですが(^^:
この際、少しだけ使いたいと思います。

そして、お父さん、お母さんにお願いしたいのは、
子どもたちに家の手伝いを、たくさん頼んでください。

何でもいいです。
玄関の掃除でも、クルマの洗車でも、
あるいはお皿洗いでも、洗たくでも、
「一緒に手伝って、お願い」してください。

そして手伝ってもらったら
「ありがとう」※とお礼を云ってください。

あとは、いろいろなことを、たくさん手伝って
もらってください。

※「よくできたね」という評価ではなく、対等な人間
として「ありがとう、助かったよ」とお礼を云ってあ
げてください。ここを誤ると支配に繋がってしまいま
すので要注意です。


しかしなぜ、そんなことが心の奥行きと関係ある
のかと思われたでしょうね。(^^:
しかも家事の手伝いがナンの役に立つのか・・と。

その理由は・・・
心の奥行きは、経験を伴った知識によって深まります。
経験が心の引き出しを豊富にします。

そして家事は生活=生きるための活動(営み)です。
私たちはどんな生き方を選択するにしても、生活を
しなければ人間としての営みはできません。

つまり、生きていくうえでの基礎が家事にはあります。
そして、生活の知恵も、そこには豊富にあります。

そうした基礎や知恵を、一つでも多く、子どもの
ころに経験として積ませてあげて頂きたいのです。


もちろん、洗たく物の干し方が、その先の人生に
どれほど役に立つかはわかりません。

しかし、それを「知っている(できる)」のと、
「知らない(できない)」
のでは大きな違いがあります。

たとえば、それを情操面での心の奥行きで考えて
みると分かりやすいかもしれません。

歩道を歩いていて、家々に干された洗濯ものや、
布団などが視線に入ったとき、
洗たく干しや、布団干しを経験したことのある人と
まったく経験のない人とでは、その情景はまるっきり
違うものになるはずです。

あるいは、台所仕事を経験したことのある男性は、
その大変さも知っています。
だから、家族のために炊事をする奥さんに対して
感じる愛情や理解も違うのではないでしょうか。


情操教育と云うと道徳の授業や習い事、あるいは
芸術に触れさせること、のように思われがちですが
(もちろん、それらも否定はしませんが)、道徳的な
人に対する優しさや、物に美しさや慈しみを感じる
心(の基礎)は、やはりもっとも身近な生活の中
でこそ、育まれるものだと思います。

以上簡単な例ですが、
心の奥行きがあれば、壁での選択肢はもちろん、
普段の生活でも、雲泥の差と云えるほど、
心が豊かに暮せるのです。


もちろん、英語や数学などの学業での知識も大切
ですが、それは学校で学べること。
しかし、この心の奥行きという経験や知識を子ども
に伝えてあげられるのは、お父さん、お母さん
しかいないのです。


余計な話も含めて(^^:、大変長くなりましたが、
小学生の頃は、そうした心の奥行きを育むことに
もっとも適した時期ですので、ぜひご一考ください。

 

 

このコンテンツは1998年に作成され2015年に再編集
したものです。

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