第三章 自分も相手も大切にする

一章と二章では自分を欺かないこと、そして自分を
粗末にせず大切にすること、についてお話しさせて
頂きました。

分かりそうで分からない、簡単そうで簡単ではない
ですよね。(^_^;)

もちろん、これらは一方的な提案ですから、全部が
全部を分かって頂こうとか、そういうことでは
ありません。

何か一つでも「面白い」「これならやれそう」と
思って頂けたら、それをふと思い出したとき使って
頂けたら・・・そして「良かった」と喜んで頂けた
なら書き手として何よりの喜びです。

さて、それではそんなことを願いながら、
この章でも、お役に立てそうなことをピックアップ
してみたいと思います。


①相手の気持ちに責任を持つ必要はない

はてさて、なんのことでしょう(・_・”)?  
またまたいきなり、ややこしいテーマですね。(^_^;)
しかし、読んで字の如くです。

仮にあなたの言動で、相手が怒り出したとしても、
あなたは相手の(怒りの)気持ちに責任を負う必要は
ない・・・という意味です。
正確には『全責任を負う必要はない』です。

「そんなこと云われても・・・」と戸惑う方、
「そんなはずない」と怒り出す方もいらっしゃる
かも知れませんね。

でも私は、自分の発言には責任を持ちますが、
あなたのその気持ちに責任は負いかねます。(^_^;)

さて、どんなことなのか、前置きはともかく、
さっそくご説明致しましょう。


あなたはスーパーの前で、ふだん仲の良いAさんと
偶然会いました。

「あら、こんにちは(^.^)」
「あら、どうも。お買い物?(^-^)」
そんな挨拶からはじまり、いつものように立ち話に
なります。やがて・・・

あなた「こんどの週末は良い天気になりそうね。
ずっと雨だったし、気持ちがクサクサしてたのよ」

Aさん「そうね・・・」

あなた「でも良かったわ♪ 土日にかけて、家族旅行
に行くのよ。子供たちが楽しみにしていて・・・」

Aさん「・・・(ーー;)」

あなたは、あなた自身が天気の話をはじめたとき、
Aさんの顔がにわかに曇ったことに気付きました。

しかし途中で止めることもできず、家族旅行の話まで
したとき、これはまずいな、と思い話をやめました。

あなた「なんか私、悪いこと云っちゃったかな・・・
だったら、ごめんなさい」

Aさん「ううん、そうじゃないの・・・」

あなた「ほんと、ごめんなさい」

Aさん「だからそうぢゃないの。(ーー;)あ、こっちこ
そ、ごめん・・・あ、用事があるから、またね」

そう云うとAさんは、そそくさと あなたのそばから
れていきした。 おそらく、残された あなたは
混乱していることでしょう。

どうして、彼女は急に不機嫌になってしまったのか・
・・やっぱり自分が何か悪いことを云ってしまったの
だろうか・・・と。

そして、彼女のご主人の経営する会社が思わしくなく、
以前に「旅行どころぢゃないわ」と云っていたこと
を思い出して、ますます落ち込むかもしれませんね。


しかし、あなたが「何か悪いこと云った?」と問い掛
けたとき、彼女は「そうじゃない」と答えました。
そういう意味も含めて、あなたは、彼女の気持ちに、
それ以上責任を感じる必要はないのです。

むしろAさんのほうが、その場の雰囲気を壊してしま
って、あなたに申し訳ないと思っているかも・・

さて、それはどういうことでしょう・・・

人にはそれぞれ思いというものがあります。そしてそ
れは、それぞれの生活環境の中で、日々移ろい、考え
と合いまった思考として渦巻いています。

あなた自身も、そうですよね。
朝、ご主人と喧嘩をして、子供に八つ当たりをして、
しばらく経って「ああ、私も悪かったなぁ」と反省
してみたり、でもなんとなく納得いかない気持ちで、
また腹を立ててみたり・・・そんな感じではない
でしょうか?

もしそんなとき、ご主人が、そんなあなたの気持ち
の「全責任はオレにある」と云ってきたら、
どうなるのでしょう?

もちろんご主人は喧嘩の当事者ですから、
『喧嘩両成敗』で、「ごめん」と云ってもらって
気が済む部分もありますが、『全責任』となると
ちょっと話が違ってきますよね。

たぶんあなたは、戸惑いと同時に、
「私の気持ちの何が分かるの?全責任ってナニ?」
と、かえって腹が立ってくるのではないでしょうか。

それは相手があなたの心に介入する(土足で踏み入る)
のと同じだからです。いくら夫婦と云っても、
それはしてはいけないこと、ですからね。


さて、さきほどの例に戻ってみましょう。

同じことですが、もしかしたらAさんは・・・
今朝、続いている雨で洗濯物が乾かず、そのことで
ご主人に責められ、喧嘩をしたかも知れません。
あるいは、週末に晴れてしまうと、参加したくない
会社のイベントに行かなくてはならず、それが憂鬱
だったのかも知れません。

だから天気の話になったとき、急に凹んだり、不愉快
になったのかも・・・

あなたは、そんなAさんの気持ちにまで責任を負えま
すか?

仮にAさんが「あなた、私が旅行どころじゃないって
云ったの忘れてた?それとも嫌味で云ったの?」
と、あなたを責め、あなた自身も悪かったと思うので
あれば、
「あ、ごめんなさい。そうだったわね・・・」
と、気配りの足りなかった部分だけ謝罪すれば良い
のです。

つまり、自分の言動には責任を持つが、その先の事は
相手の問題ということなのです。


おそらく、そうは云っても
「そんなに人の心は、それほど明快なものではないは
ず・・・」それに自分の発言がキッカケとなって、
相手が怒りだしたのは間違いないのだし・・・
とあなたは心配するでしょうね。

もちろん、人の心は、そんな単純なものではありませ
ん。もしかすると、あなたが心配するとおり、Aさん
は旅行の部分にも引っ掛かったのかも知れません。

しかし単純ではないのですから、仮に相手が
「あなたの話に腹が立った」と訴えてきたとしても、
「それは単なるキッカケに過ぎない。もともとあなた
は憂鬱だったのよ」と言い放っても良いのです。


繰り返しになりますが、人の心は常にいろいろな気持
ちが渦巻いているものなので、仮にあなたがその爆発
のキッカケを作ってしまったとしても、(相手の胸中
は)分からないのですから仕方ないのです。

しかも、Aさんは、あなたを責めてはいないのですか
ら、むしろ、あやまるべきでは無いのです。

もし、あなたが、それでも自分の気持ちが納まらない
と、あやまり続ければ、やがてAさんは
「あなたに私の気持ちの何が分かるの?!」と、
こんどは本当に怒り出してしまうでしょう。


そう、あなたは相手の為に謝罪しているつもりでも、
相手にとっては責められている気分となり、結局、
あなたの自己満足に終るばかりか、関係をも悪化さ
せてしまう危険があるのです。


この場合、自分と相手の気持ちを尊重し、大切にする
のであれば、必要以上に話を掘り返さず、そして必要
以上に自分を責めないことではないでしょうか。(^.^)


②相手の好意を素直に受け取る

世の中、お礼の一言が欲しいのにもらえない場合と、
自分には思いがけない(過分な)お礼が返ってくる
場合がありますね。

前者の場合はムッときますが(笑)、後者の場合は、
嬉しさを通り越して戸惑いを感じ素直に受け取れない
場合があります。

でも、そんな場合でも、相手の気持ちを尊重し、大切
にするのであれば、受け取ってあげたほうが良い場合
もあります。例えば・・・


あなたは道端で財布を拾いました。
中身は、現金数百円と、数枚の診察券、そして公営
交通の老人パスが一枚。

あなたは急いでいましたが、相手の方が困っているだ
ろう・・・と、交番に届けることにしました。

そして後日、警察から、いま落とし主が見つかり、
あなたにお礼をしたがっているが連絡先を教えても
良いか・・・という問い合わせがありました。

はじめは「そんなつもりではないので」と固辞してい
ましたが、電話口に出た相手の熱意に負けて連絡先を
教えました。そして届いた品を見て、あなたは戸惑い
ます。

それは・・・
上等な木箱に詰められたカステラ、そして丁寧なお礼
状。そのうえ、現金3万円の入った現金書留まで。

あなたなら、どうしますか?
ここでも人の心が絡み合いますよね。

あなたにとっては些細なこと。ほんの小さな親切です。
なのに、こんなに過分なお礼を受け取っても良いのだ
ろうか・・・と。


こんな場合、
まず、こんな風に考えてみてはどうでしょう。

それは、あなた自身が落とし主で、自分の大切なもの
を落としてしまい「もう戻ってはこないだろう」と落
ち込んでいた。ところが運良く良い人に拾われ、警察
から連絡があった。

あなたは、どんな気持ちになり、届けてくれた相手に
どんなお礼がしたくなりますか。

モノの価値は、それを所有する人それぞれです。
他人にはゴミ同然の紙切れが、あなたにとっては宝石
より大事な場合もあります。

現金ならあきらめられても、お金では換えられない
大切なモノもありますよね・・・


もしかすると、さきほどの落とし主にとっても、拾っ
てもらった財布が、そういう思い出の品、大切な品だ
ったのかも知れません。

そして、それ以上に、拾ってくれた あなたの気持ち
が嬉しくて、それを表現したかったのかも知れません
よね。(^-^)


さて、ここまで考えてみて、それでも「多すぎる」と
感じたのであれば、それを今度はあなたが素直に表現
してみれば良いのです。

自分の行為に対して、評価を受けたこと(喜んでもら
えたこと)は嬉しいですからね。
ではまず、そのことは、素直に喜びましょう。

そして、落とし主の方には、
「喜んで頂けたことは、とても嬉しいです。だけど自
分にとっては多すぎることなので戸惑いが大きいので
す。なので、お礼状とカステラだけは喜んで頂戴しま
すが、現金はどうかご返納させて頂けませんか」
と、連絡なり、手紙なりで表現すると良いでしょう。


とても長い例え話になりましたが、日常生活の中でも、
似たような出来事はたくさんあるように思います。

自分にとっては些細なこと、だけど相手にとっては、
とても大きなこと・・・

そんなときには、かたくなに辞退したり、気を重く
感じたりしないで、まず相手の気持ちになり、相手の
気持ち尊重し、自分の気持ち尊重した(どちらの
気持ち大切にした)ちょうど良い位置を選ぶよう
にすれば、お互い気持ちが良いですよね。(^.^)


③真の妥協とは何か

私たちは妥協という言葉をよく使いますが、
では妥協とは、どのようなものなのでしょうか。
ここでもう一度考えてみたいと思います。


いま一般に使われている妥協には、あきらめや、
退くのマイナスイメージでの譲るがほとんどでは
ないでしょうか。

しゃべり言葉で云えば「譲ってやった」
「折れてやった」ですね。

しかしこれでは、自分の気持ちを誤魔化しての結論で
すから、その根には「相手には譲歩してやったのだ」
という気持ちがあり、何かが起こると、その不満から
やがて関係はギクシャクとしてしまいます。

それでは、本来の意味(真の意味での)妥協をした
とは云えませんよね。


真の妥協とは、お互いが腹を割って話し合い、
もうこれ以上譲ることができないという部分での
折り合い。

つまり、お互いを尊重し合った上での主張の融合点
と云えると思います。

なので、ろくに話し合いもせず面倒だから
「それでいい」
というのは妥協とは云いませんし、たとえ話し合いに
長時間費やしても「譲ってやった」という気持ちが残
るのであれば、それはまだ妥協したことには、ならな
いのです。

おそらく、そんな曖昧な妥協では、不平不満だけが
残り、約束を守る気持ちにもならないですよね。

では、どうしたら真の妥協ができるのか・・・

それは相手の意見にじっくり耳を傾け、その中に自分
が譲れる部分を見い出すこと
もちろん、そのときには、自分の気持ちに嘘がない、
ことが前提となります


そして、譲れない部分は譲れないと、はっきりと云い。
求められれば、その理由も明確にしておきます。

もろちん、相手の譲れない部分も尊重し、お互いに
納得が得られたら、それが真の妥協です。

これなら、
自分の心に嘘がなく妥協が出来ていれば、ブレること
もなく安定した気持ちで居られますよね。

そしてもし仮に相手が約束を守らず、
「あれは仕方なく折れてやっただけだ」
と言い訳(あるいは逆ギレして攻撃)してきても、
あなた自身はすでに納得づくですから、
動揺することもなく、必要なら正当に反論(抗議)
も出来るわけです。


気持ちの問題と片付けてしまえば簡単ですが、ここで
も自分に嘘がないということが、その気持ちさえポジ
ティブにすることができる、ということなのです。d(-_^)


④ 自信の意味

みなさんはよく自信という言葉を使いませんか。

そうです、「自信がある」とか「自信がない」とか、
「自信をつける」という、あの自信です。

では、その自信の本来の意味を、ご存知ですか?

おそらく「あまり深く考えたことがない」と、おっし
ゃる方の方が多いのではないでしょうか。 私自身も
疑問に思うまで、使う頻度の割りには、その意味に関
心が無かったように思います。(^_^;)


この章の最後は、
その自信の意味について、少し書かせて頂きます。

まず辞書を引きますと、自信とは
『自分で自分の能力や価値などを信じること。自分
の考え方や行動が正しいと信じて疑わないこと。』
(goo辞書・大辞泉より)

とあります。
つまり、自分の思考や行動を信じる(気持ち)
と云うことでしょうか。

これなら「なるほど・・」という感じですが、
しかし、ちょっと要約し過ぎですかね?(^^:

でも、能力や価値まで云われてしまうと、
少々自信が持ちづらいかも・・ですよね。(汗笑)

ではこれならどうでしょう?

心理学では、自信を『自己信頼』と云います。
つまり読んで字の如く、(自信が有るか無いかは)
自分を信頼できるかどうかです。

自分を信頼できるかどうか・・・これだと
逆に厳しい条件にも思えるかも知れませんが、
個人的には「シンプルでわかりやすい」と思いました。

たとえば、
いま『信頼』という言葉が出てきましたが、
あなたにとって「信頼できる人」とは、どんな人
ですか?

少なくとも広げた新聞に隠れて、いつも鼻毛を抜いて
いるだけの上司に信頼は持てませんよね。(^^:

ところがその上司。やはり上司という肩書き(そんな
もんあるのか?笑)を持つだけあって、自分の課の
分野に関して、とても豊かな経験と知識を持ち、
テキパキと指示を出すキレ者だったのです。

そうなれば、その下で働くあなたは彼を
「信頼できる人」と思うかも知れませんよね。

つまり信頼とは、安心して自分を委ねられる(任せら
れる)人に対して抱く気持ちと云えそうです。


さて、そうなると、
自信=自己信頼 の定義(意味)は、
安心して自分を委ねられる自分
と云うことになります。

ね、シンプルでしょ?(^.^)
しかも、能力だの価値だの考える必要もなく、
ただひたすらに、安心して自分を委ねられる人
であれば良いわけです。(^.^)v

ここで「でも・・・」と、ためらうあなたはきっと、
「それがイチバン難しくない?」
と思うのかも知れませんね。

それにむしろ、能力だの価値だのと云われたほうが、
「それなら出来る」、「それはムリ」
と結論も出しやすいけど、
「安心して委ねられる」
だと、かえって曖昧過ぎて、結論が・・・
なのかも知れません。

しかし、ですよ。(^^:まだ食い下がるか?(苦笑)
ならば、あなたは・・・

自分には十分能力があり価値があるから・・・
と何もしないで、それを自信と云う人と、

自分には、まだ自信がないから、
「とにかくひたすらガンバルわ」
と努力を積む人の、どちらを信頼しますか?

私は迷わず後者です。

つまり自己信頼とは、
初めから「あるもの」ではなく、そのプロセス(過程)
を、どれだけ努力しているかの積み上げ、
なのだと思います。

もちろん、そこには「失敗」も「成功」も関係ありま
せん。ひたすら努力を続ける姿勢が自信であり、
あるいは自信に結び付くもの、と云えるのです。


如何ですか?
そんなふうにかんがえれば「なるほど」と、
なんとなく感じることが出来ませんか?


ともあれ、
そうした努力を積むことが自信であり、自分への
信頼を高めることなのではないでしょうか。

もちろんそれは今日明日すぐに築けるようなものでは
ありませんが、決して不可能なことではありません。

ただし少なくとも、その物事に着手しなければ、いつ
までたっても自己信頼には繋がらない・・・
したがって、自信を持ちたくば、まず行動
そして、自分自身を信頼できるような努力を積む
と云うことになるのではないでしょうか。(*^-^)

自信にとって、失敗うんぬんは問題ではありません。





 

 

このコンテンツは1998年に作成され2015年に再編集
したものです。

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