心の中の言葉

あなたが記憶をたどったとき、
実感として思い出せるのは、何歳くらいからですか。

ある心理学者が、このようなことを云っていました。
『おそらく実際 人間が記憶をたどれるのは、
言葉を覚えてからの年齢であろう・・・』

そして、『覚える言葉と比例して、記憶の数も
増えているはずである』と。

なるほどなぁ・・・と思いました。
思い出には心に保管された映像もあるけど、
それを「楽しかった」「辛かった」と実感として
思い起こすのは、たしかに言葉ですよね。

そう、ちょうど映画の画面についてくる
『字幕スーパー』のように。(^.^)


私たちは日常でも、そんな「言葉のつぶやき」を
しながら生活しています。

「あんちくしょう」とか「こんちくしょう」とか(笑)
「好きだなぁ」とか、「嫌だなぁ」とか、
すべて言葉に置き換えて、気持ちを確認している
ような処があります。

これを心理学では『心の記述』などと読んでいます
が、それほど、記憶や気持ち、そして言葉は密接な
関係を持っています。


さて、記憶の中の言葉・・・私は先日仲間(A)から、
このことに関して面白い・・・
いや、とても興味深い話を聞きましたので、
ちょっと紹介いたします。

「昔の記憶って、いつまでも同じと思っていたけど
、変わっていくんだよね。」

「なんか面白そうな話だね。」

A「うん。俺は昔・・・5歳くらいのとき、親から
とても理不尽な怒鳴られ方をした・・・」

「うん。」

A「その時の記憶が残ってて、自分は親から愛されて
いないんじゃないかって、たぶん、ずーっと思ってて、
中学生の頃、ムチャクチャなことしてた時期が、あっ
たんよ。」

「うんうん。」

A「何時も思い出すのは、そのときの両親の怖い顔と
、『怖い、なんで怒鳴られるんだろう?』という思い。
そして『やめてくれー!』という叫びたい気持ちと、
『こんちくしょう!』という怒り。そんな画像が、
言葉と一緒に浮かんでくるんだ。」

「なるほど。そんな記憶の画面と、言葉が刻まれて
いるから、自分は愛されていないと思って、思春期に
ムチャクチャしてやろうと思った訳やね。」

A「そうそう。親への反発というより、もー、どうに
でもなれって感じでね。(笑)」

「うん。わかる気がする。そー云えば、人のこと云
えないけど^^;、お前、ムチャクチャやってたもんね
。(笑)」

A「あはは^^;オマエに云われたくない。(笑) で、
話は、そこからや。
ところが、それもなんとか収まって、二十歳を過ぎた
頃から、ちょっとずつ変わってきたのが分かった・・
・いや、変わって来ていることに最近気付いた。」

「うんうん。どんなふうに?」

A「あのとき叱られたのは、俺自身にも悪い部分があ
ったのかも知れない。それと親たちも人間だから、虫
の居所みたいなものもあったのかなー、と。」

「自分も悪かったし、親たちにも虫の居所か・・・
なるほどね。」

A「うん。そしたら、そのときの記憶の中の言葉が、
ちょっと変わってきたのさ。昔は『何でだ!』『こん
ちくしょう!』ばかりだったのが、『まあ、仕方ない
か・・・』みたいにね。(笑) 
そして、そうなると、不思議と思い出す画面の親父た
ちの顔も、鬼だったのが、人間らしく見えたりして・
・・。なんでかなぁ・・・」

「記憶の中の言葉か・・・面白い話だね。」

A「うん、面白い。そして、いま自分が親になると、
もっと許せる気持ちになっているんだよね、これが。
(笑) 中学の頃だったら、考えられない気持ち・・・
だよ。」

「そういうのって、結構、たくさんあるかもね。」

A「うん、たくさんある。・・・・そのとき、気持ち
が先に変わったのか、その思い出の画像や言葉が先に
変わったのか、分からんのだけど・・・・」

「たぶん、気持ちが先なんかな・・・」

A「分からんけど、やっぱり気持ちが先、なのかなぁ
。」

「人間が丸くなるって、そういうことかも知れない
ね。(笑)」

A「ああ、そうか。なるほど。(笑)」


これは自分の経験が、徐々に過去の記憶の記述を塗り
替えて行く一例ですが、こうした心の中の言葉は、
振り返る過去だけではなく、日常生活の中でも積極的
に、活用できるのです。

たとえば職場で嫌なことを云われた。
そこで「こんちくしょう(ーー;)」という記述(言葉)
だけを残してしまうと、相手がどこまでも憎らしく思
えてしまいます。
もし、険悪な関係のままで居たいのであれば、その記
述に「ばかやろー」を加えましょう。そうすれば、も
っと険悪になれます。(笑)

しかし、それでは困る。自分も悪かったし、できれば
上手く付き合いたい。でも、どうしても気持ちが・・
・という場合には、「こんちくしょう」のあとに「だ
けど・・・」を付けてみてください。たとえば、
「こんちくしょう。だけど、自分も悪かったんだよ
なぁ」とか
「こんちくしょう。だけど、相手も虫の居所が悪かっ
たのだろうし・・・」と。

もしそのとき「だけど・・」の後が続かなかったら
「こんちくしょう、だけど」で切ってしまっても
構いませんし、「だけど」を「でも」に取り換えて
も良いです。とにかく続く言葉(接続詞)を、とりあ
えず、くっ付けといてください。(^^:

そういう記述を心に持つと、(個人差や相手によりま
すが)心のわだかまりが、どんどんと小さくなって、
腹立ちがどうでも良いことに思えたり、相手を許せ
るようになってくるものです。そう手品のように。(^-^)

これは森田療法の『感情はコントロールできないが、
行動はコントロールできる』の応用です。

つまり「こんちくしょう」の記述は直接コントロール
できませんが、こそっと、その書き込みにもう一言を
書き加えるだけで随分と世界が違ってきます。そうい
う書き込みなら、筆不精な人にも簡単ですよね。

いちど試してみてください。(^.^)





このコンテンツは1998年に作成され2015年に再編集
したものです。

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